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[番外編]拍手御礼:サモナ副業をする

無機質な会議室に似合わぬ、黒いエナメルビスチェとミニスカの少年。 オレンジと黒のツートンカラーの頭もその違和感を強めている。 本当なら、共用作業スペースで出力紙のセットを手伝ってもらうつもりだったけど、どうやらサモナの姿は万人に等しく丸見えで、姿を消しての作業はできないらしい。 しょうがないので会議室に直接資料をセットすることにした。 ………会議の参加人数は多いけど、普通の経過報告なのに大げさすぎる。 ちょっと恥ずかしいが、デキる男としての演出だと思い込んだ。 「ここで子供はまずい。元の姿に戻ってくれ」 「……イエス、マスター」 モジモジしながら大人の姿に戻ったのはいいけれど、会議室でキツイ顔した大男がミニスカから網タイツを履いたムチムチの足を晒しているというのは……。 ああ、オレの正義感が、今すぐこの変質者を取り押さえろと叫んでいる。 「サモナ、スーツ姿になったりできないのか?」 「スーツ……?えーっと、イエス、マスター」 顎に手を当ててオレの姿をじ~~っと眺めた。 予告なしにサモナがパッと変身する。 おいおい、オレと同じスーツかよ。 「デザインはそのままでいいから、スーツは濃いグレー、ネクタイは藍色のストライプにしろ。そして髪も黒一色にできるか?」 「黒一色……一色ですか……????」 ものすごく困った顔をしている。姿形をパッと変えられるのに、なんで髪の色変えがそんなに難しいんだ。 「こ…この程度で……すみません」 こげ茶とライトブラウンのツートン。まあ、ツンツンヘアなので、色の違いはそこまで目立たない。ギリギリOKだろう。 それにしてもクレイジーなミニスカ姿から、清潔感のあるスーツに変わっただけで随分と印象が違う。 眩しいくらいに若さ溢れる爽やか新入社員のようだ。 いや、このガタイの良さは新人警官か。 悪魔なのに新人警官みたいだというのも、なんだか変な話だな。 「じゃ、この順番で資料セットしてくれる?」 サモナに作業を頼んで、オレはメールチェック。 サモナは出力紙とパンフを手作業で組にしていく。 魔力でぱぱっとやってしまうこともできるようだが、一日の出力を制限されているので、こんなことで無駄遣いはしないらしい。 「マスター、終わりました」 報告するサモナはニコニコ笑顔ですごく嬉しそうだ。 「ん、ありがとう、助かった。もう帰っていいよ。それから今日頼んでたことが終わったら、これ文具屋でパウチしてもらってきてくれない?」 取り出したのは『悪魔召喚カード』だ。 サモナを呼ぶには、このカードに向かって声をかけないといけないらしいのだが、何せ『おばけけむり』なので、紙質もよくないしベトベトがついてしまっている。そのまま持ち歩くには全く向かない。 「それは無理です。私は悪魔召喚カードには触れられません」 「手袋とか、トング使うとか方法はいろいろあるだろ」 「無理です。たとえバッグに入っていたとしても、そのバッグすら持てません」 「なんだよ、使えねぇな」 「う………。す…すみません」 サモナが肩を落とし、情けなく眉を下げた。 軽く責めただけのつもりだったのに、想像以上に落ち込ませてしまった。 「じゃあ、しょうがない。ま、その分ほかの事で頑張ってくれよ。な?」 「は、はい!」 些細なことでメンタル豆腐になってしまう新入社員を相手にしてる気分だ。 「じゃあ、私は帰りますね」 そう言ってサモナが手を出した。 「……なに、その手」 「コインランドリーに行きますので、その利用料金をいただかないと」 ああ、そうか。 いちいちめんどくさいな。 「キッチンの左端に財布があるからそこから抜いといて。それから、いちいちお金渡すのもめんどいから、サモナが立て替えておけるように、何かやって小銭稼いどいてよ」 「え?どうやって稼ぐんですか?バイトの掛け持ちはできませんよ」 掛け持ち以前に身元の不確かな悪魔を雇ってくれるところなんかそうそうないだろうな。 「んー。ストリートミュージシャンとか、路上で絵を売ったり?」 「人間界の歌を知りません。絵は道具が要ります」 「あー…。適当にネットで人気曲調べて歌えそうなの2〜3曲覚えて、人の多いところで歌ってみれば?」 「イエス、マスター。やってみます」 いい加減すぎるオレの思いつきを、サモナは本当にやってみる気みたいだ。 「あ、歌うときは子供の姿でな」 「承知いたしました」 キリリ爽やかな笑顔を残してサモナは会議室から消えた。 ◇ 「マスター!見てください!」 家に帰った途端、子供のサモナが興奮気味でそばに寄ってきた。 そして、自慢げな顔で千円札を見せてくる。 「それ……え、もしかして、本当に歌って稼いだのか?」 「はい!マスターの指示通り歌を覚えて公園で歌ってたんです。そしたら男の人が寄ってきてですね……」 「それでチップを?サモナそんなに歌が上手かったのか?」 「いえ、違います。歌は普通です」 頼んでもいないのに、サモナが甲斐甲斐しくオレのカバンを受け取り、上着を脱がせてくれる。 ……しもべ……いいなぁ。 「男の人がですね『お金が欲しいの?』って聞いてきてですね、『そこのベンチに座って少しお話しない?』っていうんです」 「何だその男に仕事を紹介してもらったのか?」 そうだとしたら千円は少なすぎる。 子供と思っていいように使われたのか? 「いえ、ベンチに座っている男の人の、膝の上に乗ってお話しただけです。そしたら千円くれたんです!」 「………は?え、ちょっと待て。膝の上って…。いや、それは絶対どっかさわられてるだろ。やらしいこととかされたんじゃないのか?」 「いえ、やらしいことは何も。それにやらしいことなんかされたら、その人を無事に帰したりしませんよ。まあ、ちょっとお腹はさわられましたけど」 「おい、おい。やっぱさわられてるじゃないか」 「やだな、マスター。俺、けっこう腹筋が自慢で、魔界でも普段からさわらせてって言って来る奴が多いんですよ」 そう言って、自慢げに腹に力を入れて見せるけど、愛らしい子供の腹じゃうっすら筋肉の動きが見えるだけだ。 「サモナ、こっちおいで」 「イエス、マスター」 再現するようにソファに座って、サモナを膝に乗せた。 「こんな風にさわられたわけだ……?」 サモナの体をオレに持たれさせ、優しくゆっくりを腹を撫でる。 「あ……う……な、なんか違います」 「どう違うんだ?」 「うーー。さわり方は似てるんですけど……。ふぅっっ、マスターにさわられると…んぁっ…違う、こんなエッチな感じじゃなかったですっっ」 さわり方が似てる時点でアウトだな。 「サモナ、こんな感じやすい体を他の男に体をさわらせちゃダメだろ?」 「あ…ぁう…本当に違います。昼間はこんなに感じたりしてないですからっっ……」 「なんだ?シッポがやらしく揺れてるぞ。その男もこうやって誘惑したのか?」 「してません…本当に話をしただけですっ。や、やらしいことしたらっ今頃消してますからっっっ!」 「……いや、消すのはダメだろ。もしかして、お前そのエロい衣装のまま公園に行ったのか」 「あ、はい」 「だからそんな変な奴が寄ってくるんだ。今度から出歩くときは普通の格好にしろ。それからまたその男に会うといけないから、公園に行くときは大人の姿でな」 「イ…イエス、マスター。……ぁっ…シ、シッポ…クニクニって…んぁ……っっ」 サモナのシッポの先がいやらしい液を漏らし始め、すぐに溢れて伝った。 この甘く美味しそうな香りを嗅いでいるとどうにも……。 「よし、じゃあ、腹減ったし、飯にするか」 「えっっっっ!?」 「お前は食わなくていいんだよな」 「はい。そうですけど……」 「何、食いたいの?」 「いえ、食事は別に。そうじゃなくて……」 「あー、そうだな。お前だけ何も食わないのも可哀想だし、せっかくシッポの先から汁がダラダラ垂れてるから、それ舐めとく?」 「ふっ……ふおっっっ、なっ、なっ、なぁっっっっっっ!?」 サモナが目ん玉ひんむいて言葉を詰まらせている。 驚いているのか恥ずかしがってるのか……。 まあ、どっちでもいい。 さ、晩飯の用意でもするか。 ◇ 「マスター!これ見てください!」 翌日、家に帰ると大人のサモナが五百円玉二枚と千円札の合計二千円を持って嬉しそうな顔を見せた。 「どうしたんだ、これ」 「大人の姿で公園に行けと言われたんで、その通りにしてみたんです」 行くときは大人の姿でと言っただけで、行けとは言ってないんだけどな。 「それで?また膝の上に乗って、今度は大人料金で倍の二千円になったのか?」 「いえ、膝の上に座るのはマスターがお気に召さないようでしたので、腹筋さわりませんかとやってみたんです」 「………はっっ?大人の姿で?そんなもん金出してまでさわりたがる奴いるのか」 「私もそう思ったんですが、五百円というハイプライスにもかかわらず意外に女性からの反応があったんです。よくわからないですが癒されるとか、女性ホルモンが出るとか案外好評で」 「そう……なのか?」 女性にさわらせるとは盲点だったな。 ワンコインというのも手ごろ感があったのかもしれない。 「それでですねっっ、なんと一人の方がお姫様抱っこもプラスして千円払ってくれたんです!!」 「ほう」 オレと関わっているとき以外は異空間で寝てるとか言ってたのに、なんでどこかの婦女子と交流してるんだ。 「元彼にすらお姫様抱っこを拒まれていたらしいのですが、抱っこしたまま噴水の周り一周したら、いたく感動してくれて、またぜひ利用したいと言ってくださいました!リピーターゲットです!」 「ほう……。けど、何度もそんな金の稼ぎ方をしていたら、すぐに通報されるぞ。それにおかしな奴に絡まれる可能性もある」 「大丈夫です。自分に害をなす人間への反撃は認められていますので。子供の姿では難しいですが、元の姿ならどんな人間でも手刀の一撃で息の根をとめる自信があります」 「うん、それが問題なんだ。息の根をとめるような事態になる前に逃げろ」 「イエス、マスター」 イエスとは言っているが、なぜ息の根をとめるのがダメなのか全くピンと来てない顔だ。 「まあ、前回と合わせて三千円あればちょっと立替える分には困らんだろ」 「……あ、昨日テレビ見て、物産展のフロマージュを食べたいって言ってたんで買ってきました」 「っっっっはぁ!? マジか。……サモナ、買ってこいと命じていない買い物には金を出さんぞ。今回のフロマージュは勉強代だと思え」 「イエス、マスター。フロマージュ、私も食べたいです」 ちょっと腹をさわらせたくらいで小銭が稼げてしまったからか、サモナはオレが金を出さないと言っても全く気にした様子がない。 「お前、まさかオレの言葉にかこつけて、自分が食べたかっただけじゃないだろうな」 「えっっ、違いますよ。マスターのためだと思えばこそ、今日使える魔力ギリギリまで使って200キロ先の街のデパートまで飛んだんですからっ」 そう言いながら、いそいそと冷蔵庫からフロマージュを取り出した。 「……フロマージュは晩飯の後だ」 「あう……。俺、晩御飯食べないから先に食べていい?」 「ちょっとくらい待てよ」 「俺、ずっと待ってたんですから。今日マスター帰るの遅かったし……先に……ダメですか?」 媚び媚びの表情でフロマージュの箱を開けて香りを嗅いでいる。 「お前、用事がないときは異空間で寝てるんだろ」 「う………」 しょんぼりとした顔で冷蔵庫に戻しかけ、何かに気づいて勢いよく振り向いた。 「そっか!これは俺が稼いだ金で、頼まれもせずに買ってきたフロマージュやけん、俺のもんやんか!ですよねっ、マスター!」 「……まあ、そうなるな」 「ちゅーことは、俺一人で全部食っていいんやっ!」 「……まあ、そうだな」 確かに正論だ。 けど、オレが食べたいと言っているのを聞いて買ってきたフロマージュを、目の前で一人で食う気なのか。 ……さすが悪魔だな。 簡単に晩飯を用意してテーブルに着くと、目の前にサモナも座った。 当然テーブルにはフロマージュ。 オレにも食わせろと言えば、きっとサモナは分けてくれるはずだ。 けど、そんな事はオレのプライドが許さない。 「いただきます」 少しイライラしながら作り置きの煮物に箸を伸ばす。 サモナも当然のような顔をしてフロマージュにスプーンをぶっ刺した。 「はぁあっっっ真剣美味しいっっ!」 幸せそうに笑ってやがる。 「そりゃ美味いだろうよ」 「はいっ!200キロ飛んだ甲斐がありました」 インスタントの味噌汁に口をつけ、こだわりの炊飯器で炊いた飯を食う。 いくらフロマージュが美味かろうが、毎日食いたいのはこの白い飯だ。くそっっ。 ……あれ?一口食べたサモナが手を止めている。 「どうした?食わないのか?」 「一口食べたら気持ちが落ち着きました。あとはこの美味しいフロマージュをマスターと一緒に食べたいなと思いまして」 「ほう。まあ、オレが飯を食い終わるのにそんなに時間もかからんしな」 「はい」 冷静に答えはしたが……。 ふっっ。サモナにも可愛いとこがあるじゃないか。 フロマージュを前にして、じっとオレが食い終わるのを待っている様子がまるで忠犬のようだ。 しかも自分で稼いでスイーツを買ってくる犬なんて、可愛らしすぎるじゃないか。 「サモナ、今度オレが食べたいと言ったものを、自分も食べたいと思った時はちゃんと言え」 「イエス、マスター。それは買いに行ってもいいって事ですか?」 「購入の検討はする」 「その、俺、実は瓶に入ったプリンも食べたかったんです」 「……まあ、それはまた今度な。どうしても食いたければ自分で稼いだ金で買ってくることも許可する。ただ週に二回までだ」 「イエス、マスター!!」 自分で金を出せと言われてるのにサモナが嬉しそうだ。 金があってもオレが命じないと買い物にすら出られないからだろう。 けど、フロマージュを勝手に買って来たように、オレの発言を都合よく解釈して行動することがあるってことだけはきちんと理解して、気をつけないといけないな。 「まあ、このフロマージュはオレも食いたかったわけだし……サモナ、ありがとう」  オレの感謝の言葉に、サモナが悪魔とは思えない笑顔を見せた。 「じゃ、そろそろフロマージュを食べようか」 「イエス、マスター」 すぐに切り分けるのかと思ったら、サモナがフロマージュに手をかざしてじっと見つめている。 「……何をしてるんだ?」 「あ、その……ちょっと」 「サモナ、正直に言え」 「イエス、マスター。箱から保冷剤を抜くのを忘れてたから、まだ半解凍にもなってなくて、なけなしの魔力を送って解凍してます」 「はぁっ?」 さっきは一緒に食いたいなんて殊勝なこと言ってたけど、実は凍って固すぎたから一口でやめただけか!!!! やっぱり悪魔の言葉を鵜呑みにしちゃいけないな。 しかし失敗の内容も誤魔化し方もほほえましすぎだ。 ……はぁ。…全く、こいつは……。 「あの、半解凍と完全に解凍した状態を食べ比べたいんですけど……」 「ああ、構わないよ」 必死に魔力を絞り出しているサモナの頭を撫で、労うようにチュッとひたいにキスをする。 すると瞬時にサモナの目がホワンとピンクに染まった。 サモナに多少嘘をつかれたところで、根源的な部分ではオレを裏切ることはない。 このピンクの目を見るたびそれを確認できるっていうのは、幸せなことかもしれない。 「……あれっ?魔力がほんのちょっとだけ回復した。えーっと、半解凍になりました」 「そうか、よかった」 それに、悪魔を電子レンジがわりに使えるっていうのはかなりの発見だ。 可愛くて、裏切らず、家電がわりになる嫁なんて、どこを探しても他にいないだろう。 ……あ、嫁じゃない。しもべだ。 「ん、やっぱうまいな」 「はい、美味しいですね」 こうやって向かい合って、一緒に美味いものに喜び合える。 こんな何気無い幸せを与えてくれるのが悪魔だっていうのが不思議で仕方がない。 もしかすると悪魔というのは、オレが思っているのとはかなり違った存在なのかもしれない。 《終》

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