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第1話 販促マーケ・鞍崎 大希 <Side 鞍崎
どういうコピーで売ろうか……。
キャッチコピーを考えるのも販売促進マーケティング事業部、通称“販促マーケ”と呼ばれる部署に所属している俺の仕事。
俺、鞍崎 大希 の職場は、小さな化粧品会社だ。
今秋に発売される口紅。
手の甲に塗り、発色の具合を確認する。
数色あるので、塗って落として、塗って落としてを繰り返していた。
手の甲の感触から、塗り心地も確認しているつもりだが、実際の発色や使用感は、やはり唇に塗らなければ、わからない。
うーんと軽い唸り声を上げ、思案する。
視線を游がせれば、先程手の甲を拭っていたメイク落としのシートが目に留まる。
シートもあるし、いいか。
結論を導き出した俺は、本日、有給で空いている隣席の女性の小さな鏡を拝借する。
小さな鏡を覗き込み、一番目立たないだろオレンジ系のナチュラルな色の口紅を乗せた。
真っ黒なツーブロックで遊び心のない髪に、なんの変哲もないありふれた銀縁メガネ。
真面目で堅物な雰囲気の男が、口紅を塗るというなんとも滑稽な姿が鏡に映される。
キショいな……。
軽く気持ち悪さを覚えながら、うっすらと唇へと這わせた。
「おい、鞍崎っ」
名を呼ばれ、慌て口許を掌で隠しながら、声に振り返った。
「お前11時からミーティングじゃねぇの? 準備しなくて間に合うん??」
言葉と共に、壁にかけられているシンプルな時計に瞳を向ける同僚に、視線が引き摺られた。
時計の針は、10時半。
資料をコピーして、ホチキスを打って、会議室の机に並べる……やべっ、ギリギリじゃねぇかっ。
「ぅっわ、やっべ」
慌てて立ち上がり、出力を済ませていた資料を手立ち上がる。
「わりぃ、サンキュっ」
同僚に礼を言い、ステプラーをスラックスのポケットに入れ、コピー機の元へ走った。
今日のミーティングは、営業部との合同会議。
つい先日発売した新作のファンデーションの売り上げが伸びず、どう売っていくかという販促戦略会議だ。
ふぉんふぉんと音を立て、一定の速度で複写された用紙が吐き出されてくる音に、なんとか間に合いそうだと軽く息を逃がした。
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