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第2話
町外れののどかな道から少し入ったところに並ぶ木に、美しい鳥が羽を休めていた。
おれは道を外れて気配を消し、そろそろと木の下へ近づいていった。
そのとき視界の端に、男の姿が映った。
田舎道を猫とともに歩くその男は、小さな古道具屋の主人だった。
いち早く髷 を落し、散切 り頭で着物の上に外套を羽根織ったその姿はどこにあっても目をひいた。
あか抜けてはいるが気取りがなく、街娘に言寄られても飄々とかわす。
男は店に持ち込まれた壊れたざるや柄杓などを直して売っている。
どんな壊れたものでも使えるようにして売るため『あそこの古道具屋にウチの古女房を持ち込んだら、具合が良くなって帰ってきたよ』なんてくだらない冗談を言われても、それもまた飄々と受け流す。
店の奥にはずいぶんと値の張る掛け軸や、舶来のなんとも知れない道具も並んでいたが、売れた試しがあるのか、誰もわからない。
気のいい古道具屋はいつも猫を連れ、まるで親しい友人であるかのようにその猫と話している。
どうやら家に通ってくる女もいるようだと噂には聞くが、その姿を見たものは居ない。そのため『死んだ猫を修繕して女房にしたに違いない』などと下らぬことを言う者もいる。
それにも男は『そう、こいつは恐ろしい化け猫なんですよ』とニコニコと笑って返す。
その笑顔がどうにもほがらかで、みな毒気を抜かれる。
おれは古道具屋の向かいの総菜屋に良く立ち寄るが、そのついでに男の笑顔を見るのが楽しみの一つになっている。
けれど、男はどうにも人より猫の方が大事なようだ。
頻繁に古道具を買うわけでもなく、口をきいた事すら数えるほどしかないおれの事など、きっと微塵も憶えていやしないだろう。
田舎道を歩いていた男は、塚の中から無残にも引き倒されてしまっている地蔵の前にしゃがみ込むと、猫と何か話し始めた。
罰当たりな。ひでぇ事をするヤツが居たもんだ。
そんな風に思いながら、おれはそろりそろりと木の根元に身を潜めた。
おれは羽根売りだ。
美しい鳥の羽根を拾ったり、巣から集めたりして、綺麗に洗って売っている。
近年の洋装流行りのおかげで、おれの扱う希少で美しい羽根はそこそこいい値をつけてもらっていた。
戦争が始まったというので、矢に使う羽根も集めてはいるが、おれのように鳥を殺さず拾い集めるやり方では全くお話にならない。
殺せばより多くの羽根も取れるが、鳥が好きで羽根売りを始めたのだから、そんな事をしてまで稼ぎたくはなかった。
今も綺麗な羽を持つ鳥を見つけたとことろだった。
木にそっと近づき脅して、飛び立つ時に抜ける羽根を拾う。
こいうときに散切り頭はいい。髷が枝に引っかかるのを気にしなくても済む。
さぁ、いくぞ。
そう意気込んだ瞬間、ぞわっと来るようなおかしな気配がした。
それと同時に、バサバサと近隣の鳥が一斉に飛び立つ。
おれは羽根を拾うのも忘れ、気配の方へ顔をむけた。
そこには壊れた地蔵と古道具屋の猫がいて、それぞれからおかしな色のもやがゆらめいている。
地蔵から出るもやが『悪いもの』だと本能でわかった。
古道具屋の男は逃げもせず、禍々しいもやから少し離れたところに立っていた。
禍々しい気に押されるように男が数歩後ろに下がる。
その途端、地蔵が弾けとんで、放たれたもやが大きく膨らんだ。
猫からのぼるもやが地蔵のもやに絡み付く。
二つのもやは天を覆うくらいに膨らんでは縮み、押し合い、弾ける。
そしてぐっと地蔵のもやが押し返されたと思ったら、うねって男をかすめた。
何が起こったのかよくわからない。
男がのけぞって倒れた。
ただならぬ気配に、恐怖で足ががたがたと震える。
早く男を助けなければ。
足は震えておぼつかないのに、自分でも驚くほど早く駆けて男の元にたどりつく。
男を襲った邪悪な気配を放つもやがうねり、もう一つのもやと絡んで弾ける。
その様子を見ていると恐ろしくて腰が抜けそうになった。
それでも男の両脇に手を差し込んで、必死に引きずる。
しかし男の身体は意外なほど重く、数歩引いてよろめいた。
ガクン…と男の首が傾く。
……あ………。
死…んで…。
手が震えて、男の身体が腕からすべり落ちそうになる。
命尽きても変わらず温かい体。
その温もりがこれから失われゆくのだと思うと恐ろしさに心臓が軋んだ。
けれどおれはその身体を抱え直した。
たとえ死んでいても、あんなところに置いていてはいけない。
二歩進んだときに後ろから大きな叫びが聞こえた。
ばっと振り向くと『邪悪なもや』を大きな猫の形になったもやが切り裂き、くいちぎっている。
邪悪なもやがうねる音が断末魔のように聞こえた。
本能的な恐怖で信じられないくらい身体がガタガタと震える。
ふと見上げると、猫のもやの意識がおれに向いていた。
グンともやが伸びたのがわかった。
次の瞬間、おれの目の前にするどい牙と爪が迫っていた。
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