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第11話

失いたくない。 けれどαが決めるなら、Ωには逆らえない。 せめて葉山の前では笑っていよう。 そして葉山が去ってしまってから、ひっそりと静かに自分は狂っていこう。 そう、決めていた。 「俺、もう避妊薬使わない」 予想をはるかに超えた、というか、完全に争点のずれた葉山の言葉に菅野は思わず顔を上げ、眉を寄せた。 「だからヒロも使うなよ」 一人で納得してうんうん頷く葉山に、菅野は呆れた声を出した。 「…お前、ガキの頃からちっとも成長しないね、話ずれてんじゃん、まったくの意味不明」 「ずれてないよ」 「ずれてるよ」 変に緊張した自分がバカみたいじゃないか。 そう菅野は溜息を吐いた。 「俺ね、昇進するかも、だって」 「だから…、脈絡なさすぎだし、話ずれすぎ…」 菅野がぼやいても、葉山は御構い無しだ。 「今度のプロジェクトが成功したら、昇進するみたいよ」 「…そう、すごいじゃん…」 菅野は諦めて話を合わせた。 「そしたらさ、もうちょっと広いところに引っ越そうよ。家族が増えても大丈夫なようにさあ」 菅野は葉山の言葉にびくりと背を震わせた。 「…な、に、聞いてたんだよ…俺は、もう…」 俯いて、また拳を作る。 「でもさ、ゼロじゃないんだろ」 葉山の声はいつも通りで。 それが余計に胸に詰まる。 「………限りなくゼロに近いって…」 「でも、ゼロじゃないんだろ?」 葉山は即座に切り返してくる。 「………ゼロじゃ、ない…」 菅野が恐る恐る顔を上げると、いつもの笑顔が葉山には浮かんでいた。 「え、と、何%だっけ?」 「…2…」 小さく言うと、葉山がにかっと笑った。 「じゃあさ、100回セックスしたら二回は生まれることになるよね」 「…単純すぎる計算ならな…」 葉山が言いたいことを図りかねて、菅野が眉を寄せた。 「じゃあさ、3日に一回ぐらいやってたら、一年に二人はできちゃうよね」 「…………」 「それってさあ、今までの俺らとあんまり変わんない頻度だよね」 「……うん…」 なんとなく葉山の言わんとする事を察して、菅野は頷く。 「じゃあ、今まで通り暮らしてたら、いつかできちゃうと思わない?」 葉山がにこにこと楽しそうに笑う。 菅野はぎゅっと唇を噛むと、葉山の胸にぶつかるようにしがみついた。 「別に子供なんていてもいなくてもどっちでもいいよ。まあ、ヒロが産んでくれる俺の子なら可愛いだろうけどさ。それにゼロじゃないんだったらさ、ずっと二人でいたら可能性がないわけじゃないんだしさ。それこそ天からの授かり物じゃん、ね?」 菅野はしがみついた葉山の服をぎゅっと握りしめた。 葉山の胸の辺りの服がじんわりと湿っていく。 その感触に気付いたのか、葉山は優しく菅野の頭を抱きしめた。 「ずっと昔から言ってんじゃん。俺の超楽天頭とヒロの考え過ぎ頭はちょうどいいんだって」 小さくしゃくりあげた菅野がクッと笑った。 「…かっこ、つけんなよ…」 するといつもの独特の笑い声が聞こえる。 「かっこ良かった?」 「…ちょっとだけな…」 ひゃひゃ、っと葉山は笑って、ぎゅうっと菅野の頭を抱きしめた。 「番解消なんて、絶対しないからなっ」 「…うん…」 「俺ら今までどんなことだって二人で乗り越えてきたじゃん。このくらい平気だよ。きっとさ、あっけないくらいに家族が増えて、びっくりしちゃうと思うよ」 「…こんなはずじゃなかった、って?…」 「そうそう」 楽しそうないつもの葉山の笑い声。 「将樹」 「んん?」 「ごめんな」 ひゃひゃ、と笑い声がしてまたぎゅっと抱きしめられる。 「素直なヒロはかわいいなあ」 「…ばーか…」 菅野はぐりぐりと葉山の胸に頭を擦り付けた。 「ありがと」 「うん」 葉山のキスがつむじに降りてきた。 事務所で自分の机に座りつつ、スマホを弄っていると、横から比良木の声がした。 「スガ、なんかいいことあった?」 「なんでですか?」 スマホから目も離さずに答えると少しからかいを含んだ声が返ってきた。 「だって、すっげえにひゃにひゃしながらメールしてるよ」 言われて、驚いて比良木を振り返った。 「その笑い方はあなたのオハコでしょ、俺じゃなくて」 「葉山ちゃんだろ?そのメール」 「………」 比良木がふわりと笑う。 「今日1日、ずっといい顔してる。メール打ってる時もずっと笑顔だし、幸せそうだ」 「………」 普段菅野にさえ無関心な比良木に言われるくらいだ、相当笑ってるんだろうと思った。 「羨ましいでしょ」 にっと笑うと、机の上にあった紙くずを丸めて比良木めがけて投げた。 「わ」 綺麗に比良木の額に当たった。 「なにすんだよ、照れなくてもいいじゃん」 菅野から投げられた紙くずを拾い上げて、比良木が投げ返す。 「照れてません」 避けたはずの腕に当たって、菅野はそれを拾って投げ返すと、同時に飛んできた紙くずが頬に当たった。 「照れてるよ」 「…くっそ、やったな…」 菅野が幾つかまとめて紙くずを投げると、比良木も同じような作戦に出て、事務所内を紙くずが飛び交った。 「おい、小学校かよ、ここ」 ふとドアを開けて入ってきた大杉が呟くと、ちょうど紙くずが飛んできた。 ひょいと避けた大杉の後ろから現れた葉山の顔に綺麗に当たった。 「いて」 紙くずだから大して痛くもないはずなのに、葉山は大げさに言った。 「ひらちゃん⁈何するんだよ!」 そう叫びながら比良木に飛びかかった。 「うわ、葉山ちゃんごめん、て」 比良木の脇を擽りに掛かって、比良木はジタバタと抵抗した。 「で、なんで紙くず合戦?」 大杉が菅野を冷静に振り返った。 「比良木さんのくせに、俺をからかったから」 「なんだ、それ」 「大杉さんは分かんなくていいの。将樹、メシ行くんだろ」 菅野が声をかけると葉山が振り返った。 「うん」 その葉山の頭にまた比良木が投げた紙くずが当たって、葉山が擽りの刑を執行した。 「子供だ」 呆れたように呟いた大杉に、菅野は吹き出すように頷いた。 「どっちもね」 「ああ、葉山さんに医者のこと頼むって言われたよ」 顔を菅野に向けて大杉が言う。 「え、ああ。うん、俺にも言ってた。可能性があるなら、やってみようって」 大杉をちらりと振り向いてから、比良木とじゃれ合う目を細めながら葉山を眺めた。 何も変わらない葉山。 作ってるわけでもないありのまま、いつも通り。 少なからずショックだったはずなのに、独特の考え方で切り抜けてしまった。 葉山の言う通り、ついつい考え込んでしまう自分とは大違い。 だからいつも救われる。 その度何度も恋をする。 あの日のように。 「前向きだよね」 「うん。それが唯一のいいところだしね」 もちろん長く居て欠点はいくつも知っているけれど、それ以上に長所も知っている。 中でも最大の長所が前向きな所。 いつも振り返りがちな菅野を引っ張ってくれる。 「可能性、だけじゃない、とは葉山さんにも言っといたから」 「は?」 大杉がニヤリと笑う。 「医者に連絡したらさ、そのぐらいって言われたよ。まだ若いし、番関係が良好なら全然平気だってさ。ただ元どおりになるには少し時間がいるかもってことだけど、それも何年もって話じゃないらしいよ」 「………まじかよ…」 驚いて思わず声が漏れた。 「大マジ。葉山さん、泣きそうなぐらい喜んでたよ、ヒロが喜ぶってさ」 「…俺かよ…」 ちょっと照れ臭くなって顔を隠すように掻いた。 「結局、葉山さんには子供のことより菅野さんの方が大事ってことじゃねーの?」 そういえば、そんなことを昨夜も言っていた。 いや、大昔にも言われた気がする。 「なんだ、結局俺、また一人で空回っただけか」 呟いた菅野に思わず笑った大杉に、頭をくしゃっとかきむしられた。 「菅野さんて、葉山さんのことになるとかわいいね」 「うるさい」 そう睨みつけた途端、ぐいっと体が引かれて葉山の腕に包まれた。 「なに、すんだよ!俺のヒロに勝手に触んな!」 すごい顔で葉山に睨まれて、大杉が驚いて怯んだ。 「おっと、すいません」 両手を挙げて一歩下がった大杉は、何かにぶつかった。 ふと見下ろすと比良木が少し涙を溜めて見上げている。 「ええ⁈うそ、なんで泣いてんの⁈」 オロオロと比良木を見下ろして、涙を拭ってやり、さらにおたおたした挙句そっと抱きしめた。 「りょうの、ばかぁ」 ぎゅっとしがみついてくる比良木をおたおたしながら抱きしめて、頭を撫でた。 「ごめんて」 そんな二人を見つめて、菅野は笑った。 「あんな時期って俺らにあったっけ?初々しいよな」 「俺らはいつでも初々しいでしょ!てか何気にその発言に俺は傷付いてるよ」 「そう?」 「そう!もう、メシいこーぜ」 「へいへい」 抱き合ったままの二人をそっと残して、事務所を出た。 「大杉さんから聞いた?」 菅野が言うと、葉山はいつもの笑い声をひゃひゃとあげた。 「聞いた!やっぱ俺らって持ってるよな!」 「…俺はそう思ったこと一度もないけどな…」 「そう?だってさ、ヒロの状態がわかった途端に、専門家の知り合いがいる人がひらちゃんの彼氏になるなんて、ついてる以外ないだろ?」 前を歩く葉山が頭を傾けながら振り向く。 「…そうだけど…」 「さあ、頑張って治療して、働いて、俺マンション買うぞ!」 正面を向き直った葉山が大きく伸びをするように、拳を作って両腕を上に伸ばした。 「でかい買い物には俺の了承がいること忘れんなよ」 「へーい」 元気に階段を下りていく後ろ姿。 ちゃんと返事をしたものの、もう決めてるっぽいな、と菅野は苦笑いした。 「なあ」 その後ろ姿に問いかける。 「なんで結婚しねーの?」 「へ?いる?それ」 きょとんと振り向かれた。 「いるってか、なんでだろって」 「だって、ヒロ、独立してるから結婚とかして性が変わると面倒じゃね?俺たち番なんだし、別にいらねかなって思ってたんだけど。ヒロがいるってなら、今すぐでも」 菅野は吹き出すように笑った。 また、考えすぎたみたいだと。 「いや、子供できてからでいいや」 「だな」 そっと伸ばされた手を取って、2人並んで通りに歩きでた。

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