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第1話
ここは都内でも有名なホテルのひとつ。年に1度の大切な人の誕生日を祝う為、このホテルに決めたのはいいがお盆休みの時期でもあり宿泊予約を入れるのに苦労した。
(数ヵ月も前から準備なんて俺の柄ではないですね)
だが、目の前に水着姿で喜ぶ恋人がいればそんな苦労も報われるというもの。
「ホテルの屋上階にこんなプールがあるなんてスゲーな」
一泳ぎして戻って来た明紫波が、サイドテーブルに置いてあったタオルで軽く顔を拭きながら、そう言う。
そのままデッキチェアに腰かけ、一息つく明紫波の体を水雫がつたい落ちていくさまはなかなか扇情的だ。
(…いいですね。このままここで押し倒して他の客の前で嫌がる明紫波をアンアン啼かせて恥態を晒させて………と、いけない)
あやうく妄想世界にトリップするところだった。
「夜間でライトアップされてるのも洒落てていいじゃねえか」
「ナイトプールの魅力のひとつですね。期間限定のこのホテルの催しみたいです。あ、飲み物はいかがです?貴方が好きな銘柄のビールがありましたよ」
「へぇ、プールサイドでビールが飲めんのか?いいじゃねえか。これもこのナイトプールの魅力のひとつかよ?」
ニヤリと笑い俺が差し出したグラスを受け取る明紫波。グラスに口つけ金色の液体をゴクゴクと喉を上下に動かし流し込んでいく。
(…そんな液体ではなく、俺の精○をその喉奥に注ぎ込みたいですね)
と、またしても良からぬ事を考えてしまう俺。
ジッと見つめる俺に怪訝そうな顔した明紫波が
「…変なヤツだな。ん?なんだ?石黒は飲まねえのか?」と聞いてくる。
「俺は後で頂きますよ。それよりまだ泳ぎますか?」
「ああ勿論だ。テメーは泳がねえのかよ?ずっとここで眺めてるだけじゃねぇか」
「いえ、泳ぎますよ。もう十分目の保養はさせて頂きましたからね。今からは貴方自身を存分に堪能させて頂きます」
「はあ?何言ってんだ。堪能するのはプールだろ?」
「…ふっ」
訳が分からないという顔をする明紫波とそんな明紫波に思わず笑みが洩れてしまう俺はデッキチェアから立ち上がる。
するとこちらの様子を伺っていたらしい、いくつかの女性グループの方からざわつく声がする。
こんな時間のこういう場所に来るのは大体がカップルなのだが、なかには女性同士、男性同士もいなくはない。
(…まあ。男性同士が一番少ないようですがね。)
だが、どうにも俺たちの方に注目が集まっているようだ。
明紫波の医者とは思えない引き締まった肉体にチラチラと熱視線を送る女性たちの姿が鬱陶しい。
(…少し牽制しますか)
そう考えた俺は明紫波の手を取り自分の方に引き寄せ腰を抱き、彼の耳にそっと囁くような仕草をする。と、女性たちの方から黄色い歓声が上がった。
「…?」
思っていた反応と違っていたが彼女たちがこちらに近付こうとする気配はなくなった。
(…まあ、良しとしますか?)
そう思い俺が警戒を緩めると、俺の腕の中にいた明紫波がジタバタと暴れ出す。
「テメー、人前で何してんだ!恥ずかしいヤロウだな!ただでさえ女達の視線を集めてるテメーが変な事してんじゃねぇ!」
「は?視線を集めてるのは貴方の方でしょう?俺は貴方の肉体は俺のモノだと見せつけているだけです。なんならもっとしましょうか」
そう返して更に抱きしめれば、明紫波渾身の力で引き剥がされた。
「な、バカッ、止めろっ。それを言うならテメーだって俺の…、はっ、いや、…もういい!泳ぎに行くぞっ。さっさと来いっ」
そう怒鳴り俺に背を向ける明紫波の横顔が微かに赤い気がする。
(……へぇ『俺の』ですか)
フッと笑い後を追うと、先を行く明紫波が急に振り返る。
「よし、こうなったら泳ぎで勝負だ!負けた方が、この後の飲みの支払いな」
「…は?何を言っているのですか?支払いも何も今日のこれは貴方の誕生日祝いですよ。全部俺が持つに決まって…」
「ゴチャゴチャうるせぇ。行くぞ!よーいスタート」
「ちょっ、人の話を…」
俺が止める間もなく、明紫波はムダに美しいフォームでプールへ飛び込むとそのままスゴい勢いで泳いで行ってしまった。
そんな明紫波に呆気に取られた俺だったが、この勝負に負けても俺に不都合は無いのだ。
(ここは目一杯泳がせて体力を削っておくのもいいかもしれませんね。その方がこの後の予定も…)
そう思い直し細く笑むと、明紫波の勝負に適度に付き合うべくプールへ飛び込んだのだった…。
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