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第16話

小竹は、はぁはぁと荒く息を吐き、酷く興奮しているように見えた。 「小竹……」 瑛士は小竹の名を呼ぶと、 「言ったはずだ……別れないと殺すって……」 そう言ってギラついた目を向けると、右手に持っているナイフを見せた。 「⁉︎」 咄嗟に瑛士は遥希を庇うように、自分の背中に移動させた。 「おい、やめろ!」 「天野は俺と一緒になるんだよ」 「小竹!」 次の瞬間、小竹はナイフを瑛士に向かって振り下ろした。間一髪のところで、瑛士は両手で小竹の右腕を掴んだ。  狭い玄関で激しく揉み合いになり、不意に瑛士の左腕に鈍い痛みが走った。 「いて!」 思わず声が出ると、白いシャツが赤く染まっていった。どうやらナイフが掠ったようだった。 「柴田課長!」 「来るな!」 「俺のものにならないなら……!」 「小竹さん!ごめんなさい!」 突然遥希が小竹に向かって頭を下げた。 「俺、小竹さんの気持ちには応える事はできません」 その言葉に、小竹の体の力が抜けて行くのが分かった。 「だって俺の事、素敵だって……一生懸命な人だって褒めてくれたじゃないか。俺を好きだから言ったんだろ?」 「会社の先輩として、という意味です。恋愛感情ではないです。思わせ振りな事言ってすいませんでした……」 そう言ってまた、遥希は頭を下げた。 小竹は見開いた目を遥希に向けている。ナイフを持つ手がダラリと下がり、呆然とその場に立ち尽くしている。 「天野……俺は……」 小竹は小さく呟くと、ハッとしたように手に持っているナイフを見つめたかと思うと、逃げる様に玄関の扉を開け出て行った。 「ふーっ……」 思わず瑛士はその場に座り込む。 「ビビった……」 瑛士の全身から汗が吹き出ていた。 「柴田課長!」 遥希が駆け寄ると、血に染まる瑛士の腕に触れた。 「病院に……」 「大した事ない。掠っただけだ。派手に血は出てるけど」 遥希は瑛士の腕を取り、立ち上がらせるとベットに座らせた。 汚れてしまったシャツを脱がそうと、ボタンに手をかけ一つずつボタンを外していく。その手は酷く震えていた。 その手をじっと瑛士は見つめる。 「なんか、エロいなー」 「え?」 「俺、脱がされてる」 「な、何言ってるんですか!こんな時に……」 泣き腫らした目元を更に赤くしている。 遥希の手によってシャツが脱がされると上半身裸にされた。一度遥希は立ち上がり、キッチンに行ったと思うと薬箱を手に戻ってくる。 タオルで傷口を拭かれると、痛みが走りピクリと体が揺れた。 「痛いですか?」 「いや、大丈夫」 「本当に病院行かなくていいんですか?」 「いいよ、もう血も止まったし」 遥希によって包帯を巻かれ、治療が終わる。 「小竹の事、警察に言わないと」 そう瑛士が言うと首を振った。 「きっともう、小竹さんは大丈夫だと思います」 「なんの根拠があってそんな事言うんだよ」 声が少し苛立っているのが自分でも分かった。 「小竹さんは、元々真面目な人で悪い人じゃないんです。ただ、少し執着心が強いみたいですけど……」 「少しどころじゃねぇだろ。ナイフまで出してきて」 「でも、ちゃんと話さなかった俺も悪いんです」 「また、自分を責めるのかよ」 「責めてるわけではないです。自分にも非があったなって」 そう言うと瑛士の腕の包帯を撫でた。 「でも……怖かった……」 遥希は瑛士の首に腕を回し、 「柴田課長に、もしもの事があったらと思うと、俺……」 首元に遥希の涙を感じた。体が小刻みに震えている。瑛士はそのまま遥希の体を抱き寄せ、自分の膝の上に遥希を跨がらせた。 「俺が柴田課長から離れれば、柴田課長が危険な目に遭わずに済むってわかってるのに、その前からも俺といると変な噂立てられるから、一緒にいない方がいいって思ってるのに……でも、離れるのも嫌で、一緒にいたくて……俺どうしていいかわからなくて、だから……」 遥希の目からポロポロと涙が溢れている。 「だから、俺と話しようと思ったんだよな?酷い事言って悪かった。俺が一番おまえを理解してるつもりだったのに……市原に嫉妬したんだ」 瑛士は少し体を離すと、遥希の頬に触れ涙を指で拭った。 「嬉しいよ、おまえがそうやって俺に話しようとしてくれた事。どうしようもなく、おまえを好きだよ」 「……っ」 そう告げると遥希は子供のように顔をグシャグシャにしながら泣いた。 「俺も……」 遥希はまた瑛士の首筋に顔を埋めると、 「愛してます……」 そう掻き消されそうな声で呟いた。 その言葉が瑛士の中で妙にしっくりして、 「好きって言葉は俺たちには曖昧過ぎるな」 一つキスを落とし、 「俺も愛してるよ。好きなんて言葉じゃ足りない」 瑛士は真っ直ぐな目を遥希に向けた。 『愛してる』 二人はそう言葉にすると、どちらともなく唇を重ねた。

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