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第15話

次の日、遥希は会社を体調不良という理由で休んでいた。間違いなく昨日の事が原因だろう。 喫煙所でぼうっとタバコを吹かしていると、扉が開き市原が入ってきてギョッとした。タバコを消し喫煙所を出ようと入り口のドアノブに手を掛けた。 「柴田課長、お話があります」 瑛士は黙って市原の後を付いて行く。 (俺が天野と話しをしないから、市原と話しさせようとしてるのか?) そんな考えが過ぎり、惨めな自分が笑えた。 第二会議室に入り扉が閉まると同時に市原が振り向いた。 「天野、俺がもらってもいいですか?」 瞬間、瑛士の頭にカッと血が昇るのを感じた。思わず市原を睨んでいた。 「柴田課長でも、そんな怖い顔するんですね」 市原の顔が余裕に満ちているように見え、無性に腹が立った。 「なんてね。冗談ですよ」 そう言って市原はニヤリと笑った。 「俺、来年結婚するんです」 市原のその言葉に瑛士は目を丸くした。 「だっておまえ天野と……」 どういう事だ……。 思いがけない市原の言葉に頭が混乱した。 「本当は口止めされてたんですけど、あまりにも柴田課長がヘタレなので」 クスリと笑った市原を、瑛士は市原を睨んだ。 「一週間程前、天野に手紙が届いたそうです」 「手紙?誰から?」 「名前は記されてなかったそうです。内容は《柴田と別れなければ柴田を殺す》」 瑛士の動きが止まり、市原を凝視した。 「な、に……?」 「天野、相当悩んでました。柴田課長に言うべきか言わないべきか。言わないと柴田課長の身の危険もあるし、言えば心配させるし……あの時その相談を受けてたんです。柴田課長は変に誤解したみたいですが」 「それで話ししたいって、あいつ……」 (俺は……勝手に勘違いして、あいつを傷付けた……!) 取り返しのつかない事をしてしまった。言ってしまった言葉はもう取り消す事はできない。 「あいつ……柴田課長に感謝してましたよ。あんな事があって会社辞めようとしてたけど、柴田課長がいたから踏み止まる事が出来たって」 瑛士は堪らず額を抑えた。 「俺は……あいつに酷い事を言っちまった……」 「謝れば許してくれますよ。あいつは柴田課長が大好きですから」 「今日、あいつのアパートに行ってみるよ」 「そうして下さい」 「その脅迫状の件だけど、多分犯人は営業の小竹だ。あいつずっと天野に付きまとってたから」 「ああ……そう言えば、一時期やたら天野に近付いてた時期がありましたね」 「さすがに脅迫状となれば、黙ってられないな。警察に言うか……その前に営業課長に報告しよう」 「法的処置取った方がいいですよ。脅迫状とか付きまといとかシャレにならない。何か起こる前に手を打った方がいいと思います」 いつもヘラリとしている市原の表情は、真剣そのものだった。 5時になると瑛士は誰かに捕まる前に、会社を出た。走って遥希のアパートに向かう。 (天野……!天野……!) なんで遥希を信じてやれなかったのか、あれだけ二人の時間を過ごし、遥希がどんな人間なのか自分が一番分かってたはずじゃないのか。 三十キロものダイエットに成功し、人生を自らやり直した努力家で、須永と押尾が左遷されてしまったのは自分のせいだと自分を責めた。人を(たぶら)かすような人間じゃないと、誰よりも自分が思っていたんじゃないか。 遥希を噂通りの男などと思ってしまった自分に腹が立った。 遥希の部屋の前で一度呼吸を整え、インターフォンを押した。 少しするとカチャリと薄く扉が開き、隙間から遥希の顔が見えた。その顔はいつもより青白く、真っ赤に泣き腫らした目が余計に目立った。 「天野……開けてくれ。謝らせてくれ。全部、市原から聞いた」 遥希は驚いたように目を見開き、玄関の扉が徐々に開いた。堪らず瑛士は扉を自ら開け放つと、強引に中に入り華奢な遥希の体を抱きしめた。 「天野、ごめん!俺、おまえに酷い事言った……信じてやれなくてごめん……」 「――っ、うっ……」 遥希は瑛士の背中に腕を回し、強く抱きしめると胸に顔を埋め泣いた。 「天野……」 遥希の顔を覗き込むと、涼やかないつもの目元はなく腫れ上がり真っ赤だった。 堪らずそのまま唇を落とした。唇を離すと遥希をまっすぐ見つめ、 「天野……好きだ……好きだよ、おまえが」 そう言って遥希を抱きしめた。 「――っ、柴田課長……俺……」 瑛士の後ろ手の玄関がカチャリと開いた音がし、目を向けると二人は目を見開いた。 そこには、スーツ姿の小竹が不気味に立ち尽くしていた。

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