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第14話
金曜日になり、いつもの様に遥希にメッセージを送った。
『今日、行って大丈夫か?』
一応礼儀としてメッセージを送るようにしていた。
午前中に送ったメッセージに既に既読は付いていたが、昼休みの時間を過ぎても一向に返事がなかった。
(忙しいのか?)
その日瑛士は部長と支社へと赴いていた為、外にいて遥希の様子を伺い知る事ができない。
それからやっと返事が来たが、
『すいません、今週は予定有ります」
そのメッセージに瑛士は肩を落とす。珍しいと思った。初めて断られた。遥希にだって用事の一つや二つできる時だってある。仕方がないと諦め、わかった、そう一言メッセージを送った。
月曜日になり、二日ぶりに遥希の顔を見る。目が合ったと思ったが、視線を逸らされような気がした。たまたまだろう、そう思った。だが、終始今日の遥希は余所余所しい気がした。
昼休みに先程の会議の資料を見直そうと、書類を出した。
(あれ、抜けてる。置いてきちまったか?)
先程会議を行った会議室に向かうと扉を開けた。
部屋の隅にスーツ姿の人影が二人折り重なるようにいた。遥希と市原だった。遥希は市原にもたれかかる様に体を預け、市原がその肩を抱いていた。
瑛士はその光景に頭が真っ白になる。
(どういう……事だ)
二人は瑛士の姿を見て慌てて体を離した。
瑛士はぎこちなく目線を外し、テーブルの上に放置された書類が目に入るとそれを手にした。
「会社では慎めよ」
そうなんとか言葉を絞り出すのが精一杯だった。
「くそッ!」
瑛士は会議室を出ると、壁に拳を叩き付けた。
(なんだ……俺はあいつにとって、特別でも何でもなかったんだな……)
思い上がっていた。遥希も少なからず自分に好意を抱いてくれているんだと、勝手に思っていた。だが、自分以外にも、そういう相手がいるの事を目の当たりにしてしまった。
ふらふらと歩き、人があまり来ない資料室の扉を開けた。部屋の奥まで行くと崩れ落ちるように座り込み、頭を抱えた。
あいつは結局、そういう奴だったのか――。
瑛士はその場から暫く動く事ができなかった。
瑛士は自分のデスクに戻ると、極力遥希と市原を見ないようにした。遥希からは視線を感じたが、気付かない振りをした。
目の前に書類が出され、
「チェックお願いします」
遥希の細い手が書類と共に見えた。書類に目を通し、ミスがない事を確認すると書類を返す。
「……いいよ、これで」
顔を上げる事が出来なかった。
「あ、あの……柴田課長……」
「悪い部長に呼ばれてんだ」
そう言って背もたれに掛かっているジャケットを羽織ると、遥希には一瞥もくれずフロアを出た。
大人気ないと分かっていた。だが、今は遥希の顔を見たくはないと思った。
その日はずっと話しかけて来ようとする遥希を避けた。あんな所を見せられて、何を言おとしているのだろうか。
(別れ話?って、付き合ってたワケでもないし……)
考えられるのは、市原と付き合う事になったから、もうアパートには来ないで欲しい、荷物を持って帰って欲しい、そんな所だろう。
そんな気まずい雰囲気が二日ほど続いた。嫌でも顔を合わせないとならないのが辛い。いっそ暫く、会社を休もうかと思った。とにかくショックが抜けない。自分はこんなにも遥希に惹かれていたのだと気付かされた。
荷物は捨てていい、そうメッセージを送ろうと何度も思った。だが、出来なかった。僅かな繋がりがなくなるのが嫌だった。呆れる程自分は女々しい人間だったのだと知った。
機械的に仕事をこなし、電車に乗りアパートに帰る。いつもより疲労感を感じた。
階段を力なく登ると、自分の部屋の前に座り込んでいる人影が見えた。遥希だった。思わず目を見開き、天野……そう声に出ていた。
「柴田課長……あの、話がしたくて……」
遥希の声が少し震えていた。
「話し?何の?別れ話しとか?だとしたら、それは不要だよ。付き合ってたわけじゃねーからな」
突き放すような瑛士の言葉に遥希は俯き、涙を堪えているように見えた。
「別に市原と付き合うなら、好きにしたらいい。俺の荷物は捨てていいから」
鍵を取り出し、部屋の鍵を開け中に入ろうとした。不意にジャケットの裾を掴まれた、懇願するような遥希の顔がそこにあった。
「話しを聞いて下さい……!」
その時、同じ階の住人が階段を登って来るのが見え、仕方なく遥希を中に入れた。
相変わらず遥希は何かを求めるような表情をしている。一体自分から何と言って欲しいのかがわからなかった。
「勝手に俺は、おまえにとって特別なんじゃないかと思ってたよ。でも、別に俺じゃなくても良かったんだよな。優しくしてくれれば誰でも良かったって事だろ?市原のが優しかったか?」
「ち、ちが……っ」
遥希の目から涙が溢れていた。
「おまえ、そうやっていつも物欲しそうな顔してるけど、そんな顔されたら誰だって勘違いするよ。本当は須永も押尾も小竹とも俺みたいな事してたんじゃねーのか?俺はあいつらと一緒だったんだろ」
自分で言って自分が酷く傷ついている。
遥希も明らかに傷付いた顔をしていた。ポロポロと涙を零し、小さく首を振っている。
「俺は……やっぱりいない方がいいんですよね……俺はいつも人を傷付けてばかりで……」
そう言うと遥希は、顔を上げる事なく玄関の扉を開け出て行った。
「俺に……どうしろって言うんだよ!」
瑛士は堪らず玄関の扉をバンっと叩くと、涙が流れた。
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