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第18話
微睡んでいる遥希の鼻先にタバコの匂いを感じた。
「体、大丈夫か?」
瑛士の胸元に子供ように顔を擦り寄せている遥希の髪を撫でた。一度顔を離し、コクリと頷くとまた胸元に頬を寄せた。
瑛士の吸うタバコの匂いに安心感を覚え、遥希は目を閉じ瑛士の匂いをそっと嗅いだ。
「柴田課長が……」
ポツリと遥希は呟くと、ん?と瑛士は遥希を見た。
「柴田課長だけが、初めて俺の外見だけじゃなくて中身も褒めてくれた人だったんです」
不意にそんな事を遥希は言った。
「そうか。まぁ、見た目に惹かれてないって言えば嘘になるけど、真面目で頑張り屋で純真無垢っていうか、汚れていない感じのおまえ好きだな。周りに流されず、ちゃんと人を見てるとことかさ」
愛おしむように指通りの良い遥希の髪を何度も指で梳いた。
「これからも、ずっと一緒にいてくれるか?」
「……っ」
その言葉を言われた瞬間、遥希の目から涙が流れ、そして小さく頷いた。
「愛してるよ、天野。この先俺がおまえを守るから」
「俺も……愛してる……あなたを、とても……」
瑛士は遥希の涙を唇で吸うと、二人は見つめ合い互いを抱きしめた。
次の日、二人はいつものように少し時間をずらし出勤した。
着いて早々に営業課長の所に足を運ぶと、小竹が退職届を出したと聞いた。
営業課長は、仕事は遅かったけど真面目で一生懸命な奴だった、そう言ったのを聞き、遥希の言っていた通りだと感心した。
喫煙所に行くと市原が入ってきた。
「おはようございます」
「おおー、昨日は悪かったな」
「仲直りしましたか?」
市原は少し悪戯っぽい顔を浮かべている。
「お陰様でな」
昨日の一連の騒動と、そして小竹が退職届を出した事を話した。
「バイオレンスですね」
「笑えねーから」
そう言って左腕の包帯を見せた。
「で?ちゃんと付き合う事になったんですか?」
「まぁな」
瑛士の脳裏に昨晩の遥希の姿が浮かんだ。
「あ、いやらしい顔してる」
「え?してた?」
「分かり易いですねー、柴田課長は」
「うるせーよ」
クスクスと笑いを堪えている市原を瑛士は額を小突いた。
額を抑えた市原の左手の薬指に婚約指輪なのか、シルバーリングが目に入った。
(指輪……か)
そう口の中で呟いた。
フロアに戻ると、真っ先に遥希が目に入る。首筋には絆創膏が貼られていた。見える所に跡を残すなと、しこたま怒られた。貼った所がいかにも過ぎて、周囲は遥希の首筋を見て騒ついていた。
デスクの自分の椅子に腰を下ろすと、女子社員の原口が書類を差し出してきた。
「天野くんのあれって、やっぱキスマークですよね?」
瑛士に顔を近づけ、チラリと遥希に視線を向けた。
「さぁな、あいつなら恋人くらいいたっておかしくないだろ」
極力興味のない振りをする。
「ですよねー。あぁ!私達の天使が……!」
原口はがっくりと肩を落としている。
(俺のだっつーの!)
そう言いたい気持ちを何とか抑えた。
「ここ、数字ズレてるぞ」
「あ、すいませーん」
全く反省している様子のない原口は自分の席に戻って行った。
(キスマークの威力もなかなかだな)
瑛士は顎に手を置き、一見真剣な面持ちで考え事をしている風に見える。
不覚にも遥希はその姿に見惚れたが、
(どうせろくな事考えてない、あの人……)
すぐに見惚れた事に後悔した。
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