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事後報告

「本日配属になりました 一ノ瀬真吾 と申します。  ずっと飲食業界だけやってきたので、勝手が分からずご迷惑をお掛けするかと思います。  よろしくご指導ください」  歓迎の拍手はまばら。朝礼の時間に出社しているのはごく僅かの社員だけだ。  首都圏第1営業部顧客1課は、会社創業時から付き合いのある企業を受け持つ部署で、接待が多く、時間が不規則な為、フレックス制を採用している。  新規開拓の無い顧客1課は、上得意様のご機嫌を損ねないよう、話術に長け、人当たり良く、顔立ちの整った人材が充てがわれて来た。一ノ瀬がこの課に配属されたのも恐らくこの要素が長けていると判断されたのだろう。 「石井君と年が近いな。困った時はなんでも聞いたらいい」  課長に紹介された男は、人懐こい笑顔を見せた。手は顔ほど日焼けしていないから、ゴルフ要員だろうか。健康的な若手社員だ。 「一ノ瀬さんは飲食から昼の仕事に転身? すごいな。  サラリーマンは何事も報告・連絡・相談。ホウレンソウってやつだよ。  (あらかじ)め知っていれば、手が打てる」  一ノ瀬はメモに『石井さん ホウレンソウ』と書き込んだ。  新入社員の最初の仕事は電話番だ。顔写真付きの座席表があるのは有り難いが、まだ顔と名前が一致しない。社名、商品名、どれをとっても未知の領域だ。  空き時間に内勤の実務を習い、時には仕事に関係のない人間相関を教えられる。 「アライさんは、名の通り人使いがアライから、安請け合いは禁物。課長は残業を嫌うから、質問や相談は夕方4時までに言うこと。  それから……青山には気をつけろ。  とにかく手が早い。男も女も見境なく抱く。  でも、青山がヤル気無くすと課の予算が危ないんだよ。  一ノ瀬さん、綺麗な顔してるから心配だなあ」  おっと、あいつまだ来ていないよな? と石井は辺りを見渡した。  『青山には気をつけろ』か。  ――予め知っていれば手が打てたのに。  一ノ瀬は座席表の二列目中央にある青山という男の顔写真を見つめて呟いた。 「……青山さんはまだ起きられないと思います」 「え?」 「あ、いえ。なんでも」  この顔を見たのは数時間前。  一ノ瀬は、転職初日から遅刻するわけにはいかず、昨夜意気投合した相手をホテルのベッドに放置した。し慣れない行為に尽き果て、眠っていたのはこの青山という男だ。 「なにぶん勝手が分からなくて。よろしくご指導ください」  一ノ瀬はペコリと頭を下げた。  おあとがよろしいようで。 < 事後報告 おしまい  > 

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