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脳内支配
大したことでもないのに、昔の歌とか、ふと嗅いだ香りとかが頭にこびり付いて離れなくなると厄介で。
この二人も些細なことに支配されている真最中。
正午を知らせるサイレンが響き、工場内は昼休憩が始まる。
製造部の二宮と総務部の宇田川は、敷地の隅にあるベンチで落ち合った。
「ランララ ランランラーン♪」
二宮は、コンビニの袋を開けながら陽気に鼻歌を歌う。
何の歌か宇田川にもすぐ判った。判った途端、釣られて脳内が歌い出す。ランララ ランランラーン♪ 二宮の口をついて出たのは某男性用かゆみ止めのテレビCMのメロディーで、歌詞は食事中には不適切だ。
宇田川の顔が険しくなる。この件で、二宮は宇田川をやきもきさせていた。
広い構内の移動は自転車だ。社内で目が合ってもノーリアクションがふたりの約束なのだが、ここ数日、宇田川は目を反らせなかった。下着でかぶれたと言っていた二宮の動きがおかしい。サドルのすわりが悪いらしく、自転車に乗るたびに怪しげに股間を摺り付けている。何日モゾモゾしてんだよ。サッサと薬つけろ、阿呆……。釣られて宇田川もむずむずする。
「そうそう、これ買った! イイよコレ!」
今日は快適だからつい歌っちゃうんだよ、と二宮はポケットからかゆみ止めのチューブを出して見せた。
同じ薬の女性用は笑顔の女子が明るく勧めるのに、なんで野郎向けとなると元気いっぱいに『夏は股間が痒くなる~』なんだろう。買いにくい。二宮はブツクサ零す。
よかった。もう怪しげな二宮を見なくて済む。会社所有の共用のママチャリで、あんな露骨に股間をグリグリさせるのは目の毒だ。
平穏が戻ってきた。
「――あ、蚊に刺された」
「コッチも刺されてるぞ、あとココも」
いつの間に。宇田川の腕と首筋、見えるだけで6か所が赤く腫れ、釣られて下着の擦れまで気になり始めた。
「うう、なんかそこらじゅう痒くなってきた」
「掻くなよ、薬つけてやっから!」
宇田川が身を捩ると二宮の瞳が輝く。新しい玩具を見つけたときの顔だ。
「見ろ!『効能:かゆみ、かぶれ、ただれ、しっしん、皮ふ炎、じんましん、あせも、虫さされ、しもやけ』! 効くから。スース―快適♡」
「それ、デリケートゾーン用じゃ」
「気にすんな。どれ、脱いでみろ、塗ってやる」
「ちょ……ま!
やめろぉ、お前の股間と共有するのなんかごめんだ」
「ランララ ランランラーン♪」
……
午後の始業まであと5分。
おあとがよろしいようで。
< 脳内支配 おしまい >
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