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中と外
「ねぇ、八神さん。ナカ、中もっと注いでよ、中だけでいい。全然足りない」
「徹君、あんまり困らせないでくれないか」
「イヤだ。今夜は濃いのじゃないと駄目」
――やっぱり今夜は荒れ模様だ。外食せずに連れ戻って正解。
「中だってば、中身! 外身がまだ残ってるからいいでしょ? 足してよ、八神さぁん」
ジョッキを突き出し、徹君が甘えた声を上げる。「中」「中身」とは焼酎、「外」「外身」はホッピーのこと。 氷を足して焼酎を注いでやると、
「いやー、やっぱり焼きながら食べる時はビールはダメだね。氷入りのホッピーかサワー!」
と、何遍も聞いた御託を並べて笑う。
卓上無煙ロースターに豚バラ、焼き鳥、そして冷えたホッピー。
――これで少しは機嫌が直っただろうか。
私は十六歳下のこのパートナーに弱い。
初めて食事に行った日、彼が注文したのがホッピーだった。
「豚玉ミックスとホッピー二つ、ひとつは中身ナシにして!」
ホッピー? 頼んだことがない。三十過ぎで初体験だ。
後から思えば、知った顔をしてホッピーを頼むクセに中抜き にする徹君は、背伸びしたがるのに変なところで几帳面な未成年 だった。
かれこれ15年。2年前に正式なパートナー申請を済ませた。
同じ会社に引き入れたが、職場に私情を持ち込みたくないと言うので、それに倣って公言はしていない。
それなのに、今朝初めて彼が私の執務室を訪ねて来た。しかも他の社員を伴って。
大声の主は、最近しつこい資材部の某 だな。事情はすぐに判ったので、その場で丁重にお引き取りいただいた。
午後「夕飯は何が食べたいですか」と探りのメールを送ると、2秒後に「肉」と一文字返ってきた。目の前が暗くなった。不機嫌だ……。
私は徹君にめっぽう弱い。
「ったくしつこいんだよ、あの野郎。
おっとりほんわかが良いならぬいぐるみでも抱いて寝ろっての!
外身で判断して言い寄られるのはマジ迷惑。ぽっちゃり体形で悪いか!」
では中身に惚れられるならいいの?
それでは私が困る。まだ見ぬ恋敵の影に、つい言葉に棘が立つ。
「徹君、飲み過ぎだよ。もう水にしなさい」
「子ども扱いすんな。もう一本飲む」
自分で冷蔵庫から冷えた茶瓶を持ち出す。
――中身ナシだった君が、今ではすっかり中増しマシか。
徹君は隣に戻ると、「これは八神さんの」と笑って、塩鯖二切れを卓上ロースターに並べた。
おあとがよろしいようで。
< 中と外 おしまい >
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