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しかたない
七尾は優秀な男だ。
社内考査の結果だ。仕方ない。七尾が選ばれ、俺が選に漏れた。それだけだ。
英国赴任は出世街道の入り口。多くの上層部のキャリア形成が英国から始まっている。
募集一名の座を最後まで争った俺に向かって、七尾は申し訳なさそうにするでも勝ち誇るでもなく「じゃあな」と微笑んだ。
言うことは無いのか? もっと、こう、なんか気持ちの入った言葉があるだろう?『悪いな』とか『頑張れ』とか。
――『待ってる』とか『待ってろ』とか。
七尾は、笑顔で片手を挙げ、国際便の搭乗口に消えた。
苦々しく舌打ちする。
俺は卑屈で、未練がましくてみっともない。俺は七尾に何て言って欲しかったんだ?
苦悩の元凶は、同じ座を争う二人が繋いでしまった肉体関係だ。一時の過ちでは終われないほど相性が良かったのだから、仕方がないとしよう。問題なのは双方が男だってこと。片方が女だったら、秘密の交際を経て海外赴任を機に結婚し、社内の配置転換を申し出ることも出来た。
『お前仕事辞めろ』なんて言えないよ。仕方がない。お互い男だから。
告白して始まった関係ではない。金曜の午後、『金曜日だけど?』なんて短いメールで都合を聞き、どちらかのアパートに買った惣菜と共に押し掛けるだけ。だから、別れ話もしていない。そもそも、俺達付き合ってたのか? 宙ぶらりんの関係。
うやむやにされるくらいなら、もう関係はおしまいだと宣言してくれた方がいくらかマシなのに。
見学デッキから、定刻通りに飛び立った旅客機を見送った。
仕方ないよ。行くななんて言えないし、俺が選ばれていたとしても「ついてこい」なんて言えない。そもそも、こんなにハマってるなんて気付いていなかった。
「……空港飯して帰ろう」
空虚感を満たすには、重めの飯に限る。カツカレーとか、いいな。
週末の夕方、国際空港は沢山の人で混み合っている。カウンター席で揚げたてのカツをルーに沈めていると、メッセージ着信音が鳴った。
『金曜日だけど?』
空の上の七尾からだった。
金曜日だよ、知ってるよ! どうしろってんだよ!
繋がりを切る気は無いのだと判っただけで涙が出る。畜生、なんなんだよもう。
仕方ない。返信してやる。
超絶旨そうなカツカレーの写真、添付してやる。ざまあみろ。
仕方ないな。今夜は機内の暇つぶしに付き合ってやろう。
俺の想いは秘めておく。
こんなの送ったら、重た過ぎて飛行機が落ちる。
おあとがよろしいようで。
< しかたない おしまい >
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