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事前調査
どんな職種も情報は大事だ。そして得た情報は精査しなくてはいけない。
駅前の珈琲屋へ呼び出され、六道 を待つ。
6年前、新入社員研修の際は真新しいスーツに着られていた六道。
急増した入社三年未満の辞職を防ぐため、仕事そのものより社内での身の振り方を伝授したつもりだ。
ウチの会社はまだまだ古狸が動かしているから、上手く利用した方がいい。長い年月働くには、少しでも有利な立ち位置を得たい。情報を精査しろ。
六道は高学歴で頭の回転も早く、朗らかで人誑しだから、きっと出世する。
今では事業推進部の六道が、大卒でもない総務の俺に何の相談?
遅れて現れた六道は、見違えるほどスーツ姿が板に付いている。6年前と同じ笑顔で席に着くと、周囲を見渡し、思い詰めた様子で近況を話し始めた。新規事業に伴う人事異動で、専務の補佐を命じられたと。
「それで専務について調べたんです。そしたら……」
「男色の噂、だろ?」
「ご存知でしたか。歴代の補佐が専務と関係を持つと聞いて、焦ってしまって」
「前任者に聞くわけに……いかないよな、そんな話」
「ええ。歴代の補佐役は僕らの手の届かない役職付きか、退職かの二択で」
六道は俯き少し黙った。
呼び出しておいて、まさか愚痴聞きではないだろう。俺は口を挟まず話の続きを待った。
「それで。専務の下で働く腹を括りました。頑張ります。
――ただ……
専務に操を捧げるの、イヤだなと思って。
そしたら、ちゃんと自分の意思でしたいなと思って。
ちゃんと好きな人と……先輩だったら良いと思って。大事なことじゃないですか、こういうこと」
緊張で頬を赤らめ早口になる壮年の男は、極めて俺好みだ。
不安げな仔犬の頭を撫で、笑って承諾してやると、一瞬目を見開き、慌てて顔を伏せた。今更赤くなったって遅いよ、誘ったのは自分だろう。
昔教えたぞ。情報は精査を怠るな、と。ちゃんと調べたのか?
総務は知っている。専務は頗る愛妻家だ。ひとり娘が嫁ぎ、夫婦で社交ダンススクールに通い始めた。有給で慰労の豪華客船の旅に出る予定。福利厚生の申請で丸見えだ。
俺は知っている。専務男色説は嘘だ。何度も書類を紛失する専務にキレて、数年前に俺が流したデマカセだ。
照れながら珈琲を飲み干し、席を立つ。
瓢箪から駒? 棚から牡丹餅? 高嶺の花が堕ちてきた。
大卒でない俺が会社で生き残るには、使える手は全て利用しないと。
おあとがよろしいようで。
< 事前調査 おしまい >
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