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緊急停止システム

 耳障りな警告音。スマートフォンの緊急地震速報が響き、エレベーターはゴゥンと音を立てて止まる。しばらく警戒したが揺れなかったので、誤報だろう。  空調が止まったのか。無風状態の箱は扉を閉ざしたままだ。  閉じ込められたのは、俺と五十嵐。 「偶然お前と乗り合わせるだけでも珍しいのに、閉じ込められるなんてラッキー!  『やっと二人きりになれたね』、なんてな」  芝居掛かった声色で五十嵐は俺の肩に腕を回した。社内では他人のフリをする約束だけど、誰もいないから今だけ許す。 「絶対的にお前が足んないよ。チャージさせて、今すぐ!」  キスが絵になる身長差は20センチらしい。俺らはほぼ同じ背丈なので、屈まなくてもいいし、つま先立ちにもならない。直立のまま、顔色も変えずに唇を受け入れる。どちらかの部屋以外でこうするのはいつ以来だろう。 「座るか?」 「いや、すぐ済むだろ」  反射的に答えた言葉に五十嵐の顔色が変わった。  誤報で止まったエレベーターの安全確認なんてすぐ終わるだろう、と言ったつもりなのだが、誤解されたらしい。 「"済む"とか酷いな。義務チューかよ」  スキンシップ程度のキスを許したつもりだったのに、無用意な返答のせいで五十嵐は瞳の色を変えてしまった。  じりじりと箱の隅に追いやられ、残る可動域は下方向のみ。擦り落ちる背は、追い詰められたからか脚に力が入らないからか。覆い被さる五十嵐の睫毛の近さに目を細め、その背後の天井の照明の明るさに瞼を閉じた。緊急停止しても照明は落ちないのか、なんて余計なことを考えながら。  執拗なキスは酸素を奪い思考が止まる。  ここが職場だってことも、平日の午前中だってことも、この関係を隠さなくちゃいけないことも、これ以上刺激的な行為に及ぶと抑えが効かないことも、頭から抜け落ちた。  エレベーターは密室ではないことも意識から抜けた。最新の防犯システムは、カメラに映った人間の動作を分析し、犯罪、暴力を感知すると自動的に管理事務所に通報する。  突然スピーカーから男性の声が響いた。 『恐れ入ります。システムが作動したため、警備室からモニタリングしております。  事件、事故ではないですか?』 「――!! 大丈夫です」 「……これって、大声でなくても聞き取れますか?」 『はい。聞こえております』  おいこら、聞こえてるってよ?  五十嵐が緊急停止(フリーズ)した。復旧の時期は未定。  おあとがよろしいようで。 < 緊急停止システム おしまい  > 

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