1 / 3
第1話 クリスマスケーキは残り物
ローストビーフにポトフにグラタン。
そして主役は南極大陸をかたどった、真っ白なクリスマスケーキ。
12月24日。南半球にある南極は夏。
けれども年に1度のクリスマスイブはやってくる。
僕、温井 心 は南極唱和基地 の料理担当として、パーティの準備に忙しい時間を過ごしていた。
「なんとか間に合った……」
食堂のテーブルに料理を並べ、すべてが人数分揃っていることを確認する。
大丈夫、30人プラス予備の分もちゃんとある。
シャンパンはよく冷えているし、グラスもきれいに並んでる。
最後にクリスマスツリーの電飾に明かりを入れ、テーブルのキャンドルにも火を灯した。
「準備完了、もう入ってきて大丈夫ですよ!」
食堂の外のロビーで待ち構えているみんなに声をかけると、観測隊のみんながワイワイと話しながら入ってくる。
「メリークリスマス!」
僕のその言葉に、みんなも同じ挨拶で返してくれた。
(そうだ、北畠 さんは……)
海洋生物学者の北畠さんはだいぶ自由な人で、みんなが集まる食事の時間にいないことも多い。
そういう時はだいたい海を見に行っているんだけど……。
よかった、今日はちゃんといる。
見ているとほんの一瞬だけ目を合わせてくれた。
あの人の切れ長の瞳に僕が映る。
その時間は1秒にも満たない。
でもそれだけで僕は満足だ。
あの人がシャイなことは知っているし、2人の時は僕の頭がくらくらしてしまうくらい見つめてくれるから。
ああっ、また目が合ってしまった。
今日の料理は気に入ってくれるだろうか。
美味しいって言ってほしい。
また作ってって言ってほしい。
あ、でもクリスマスは年に1度で、来年はもう僕らは日本に帰ってるんだ。
それを考えると、楽しいはずのパーティの夜なのに、ほんのちょっと寂しくなってしまった。
「温井くんも飲みなよ!」
仲間の1人にシャンパングラスを渡される。
「ありがとうございます!」
乾杯してグラスをあおる。
けど、本当は飲んだり食べたりしてる暇はない。
塊で出してるローストビーフを切り分けて、減ってきた飲みものは冷えたものをまた冷蔵庫に取りに行って……。
パーティは始まってからも忙しい。
僕の食事はだいたいいつも、片付けをした後だった。
*
それから2時間後――。
「北畠さん、もしかして生クリームが苦手ですか?」
パーティがお開きになり片づけ中の食堂で、残っていた北畠さんに聞いてみる。
彼は他の料理は平らげたのに、主役のケーキには手を付けてくれず……。
僕はずっとそのことが気になっていた。
「いや、そんなことは」
北畠さんは優雅に食後のコーヒーを飲みながら、上目遣いに僕を見る。
背の高い彼に見上げられると、僕は胸の辺りがソワソワしてしまうんだ。
「じゃあどうして?」
動揺を隠して聞く僕に、北畠さんは曖昧に微笑む。
「待ってた」
「え……?」
「温井くんと食べたかったから」
「……!」
それがこの人が最後までテーブルに残っている理由だったんだ。
ソワソワがドキドキに変わった。
「北畠さん」
思わず片付けの手を止めて、彼の隣に腰かける。
すぐに目を伏せた顔が近づいてきて、唇と唇が合わさった。
「2時間、長かった」
「…………」
「温井くんと話したかったのに」
「……僕も」
やっぱり目が合うだけじゃ満足できない。
話したいしキスもしたい。
そばで、この人を感じたい。
「北畠さんが一緒にケーキを食べてくれるなんて、最高のクリスマスプレゼントです。ケーキはもう、残り物ですけど」
大皿にかろうじて残っていたケーキの切れ端を、2つに分けて取り皿に乗せる。
最後に残ったケーキの残骸は、南極の氷河によく似ていた。
「美味しそうなケーキだ」
北畠さんは大皿にこびりついた残骸の方を、指ですくってぺろりと舐める。
「そっちを食べなくても」
「温井くんの作ったものは全部美味しい」
彼らしい愛情表現にキュンとなる。
それから一緒に食べたクリスマスケーキは、味見の時よりずっと胸に染みる甘さだった――。
――
『南極求愛ごはん』本編はこちら
https://fujossy.jp/books/12684
ともだちにシェアしよう!