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第1話 クリスマスケーキは残り物

ローストビーフにポトフにグラタン。 そして主役は南極大陸をかたどった、真っ白なクリスマスケーキ。 12月24日。南半球にある南極は夏。 けれども年に1度のクリスマスイブはやってくる。 僕、温井(ぬくい)(しん)は南極唱和基地(しょうわきち)の料理担当として、パーティの準備に忙しい時間を過ごしていた。 「なんとか間に合った……」 食堂のテーブルに料理を並べ、すべてが人数分揃っていることを確認する。 大丈夫、30人プラス予備の分もちゃんとある。 シャンパンはよく冷えているし、グラスもきれいに並んでる。 最後にクリスマスツリーの電飾に明かりを入れ、テーブルのキャンドルにも火を灯した。 「準備完了、もう入ってきて大丈夫ですよ!」 食堂の外のロビーで待ち構えているみんなに声をかけると、観測隊のみんながワイワイと話しながら入ってくる。 「メリークリスマス!」 僕のその言葉に、みんなも同じ挨拶で返してくれた。 (そうだ、北畠(きたばたけ)さんは……) 海洋生物学者の北畠さんはだいぶ自由な人で、みんなが集まる食事の時間にいないことも多い。 そういう時はだいたい海を見に行っているんだけど……。 よかった、今日はちゃんといる。 見ているとほんの一瞬だけ目を合わせてくれた。 あの人の切れ長の瞳に僕が映る。 その時間は1秒にも満たない。 でもそれだけで僕は満足だ。 あの人がシャイなことは知っているし、2人の時は僕の頭がくらくらしてしまうくらい見つめてくれるから。 ああっ、また目が合ってしまった。 今日の料理は気に入ってくれるだろうか。 美味しいって言ってほしい。 また作ってって言ってほしい。 あ、でもクリスマスは年に1度で、来年はもう僕らは日本に帰ってるんだ。 それを考えると、楽しいはずのパーティの夜なのに、ほんのちょっと寂しくなってしまった。 「温井くんも飲みなよ!」 仲間の1人にシャンパングラスを渡される。 「ありがとうございます!」 乾杯してグラスをあおる。 けど、本当は飲んだり食べたりしてる暇はない。 塊で出してるローストビーフを切り分けて、減ってきた飲みものは冷えたものをまた冷蔵庫に取りに行って……。 パーティは始まってからも忙しい。 僕の食事はだいたいいつも、片付けをした後だった。 * それから2時間後――。 「北畠さん、もしかして生クリームが苦手ですか?」 パーティがお開きになり片づけ中の食堂で、残っていた北畠さんに聞いてみる。 彼は他の料理は平らげたのに、主役のケーキには手を付けてくれず……。 僕はずっとそのことが気になっていた。 「いや、そんなことは」 北畠さんは優雅に食後のコーヒーを飲みながら、上目遣いに僕を見る。 背の高い彼に見上げられると、僕は胸の辺りがソワソワしてしまうんだ。 「じゃあどうして?」 動揺を隠して聞く僕に、北畠さんは曖昧に微笑む。 「待ってた」 「え……?」 「温井くんと食べたかったから」 「……!」 それがこの人が最後までテーブルに残っている理由だったんだ。 ソワソワがドキドキに変わった。 「北畠さん」 思わず片付けの手を止めて、彼の隣に腰かける。 すぐに目を伏せた顔が近づいてきて、唇と唇が合わさった。 「2時間、長かった」 「…………」 「温井くんと話したかったのに」 「……僕も」 やっぱり目が合うだけじゃ満足できない。 話したいしキスもしたい。 そばで、この人を感じたい。 「北畠さんが一緒にケーキを食べてくれるなんて、最高のクリスマスプレゼントです。ケーキはもう、残り物ですけど」 大皿にかろうじて残っていたケーキの切れ端を、2つに分けて取り皿に乗せる。 最後に残ったケーキの残骸は、南極の氷河によく似ていた。 「美味しそうなケーキだ」 北畠さんは大皿にこびりついた残骸の方を、指ですくってぺろりと舐める。 「そっちを食べなくても」 「温井くんの作ったものは全部美味しい」 彼らしい愛情表現にキュンとなる。 それから一緒に食べたクリスマスケーキは、味見の時よりずっと胸に染みる甘さだった――。 ―― 『南極求愛ごはん』本編はこちら https://fujossy.jp/books/12684

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