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強烈な光源に目が眩む
「春井、さっきのどういう意味だ…?」
春井は座った俺を見下ろすようにして、こちらを見るがその目がいつもより冷ややかなような気がするのは俺の思い過ごしだろうか。
「…彼が非行に走っているということですよ」
やはり、それは俺がこの保健室に閉じこもってばかりいるから、知らなかっただけだろうか。春井は人気だから、いろんな情報が入ってくるのかもしれない。いや、それはただの嫉妬だ。俺が、昔なりたかった教師像に春井は近いのかもしれない。俺は、こんな風に生徒から慕われて、同僚ともよい関係が築けて…そんな教師になりたかった。
それに、春井は「人気だから」生徒たちの情報を知っていたりするのではなく、彼自身の功績だろう。春井自身人気なのも、彼の努力のおかげだろう。
「…別に、俺の前でそういう態度を出したことはないけど」
「それは、あなたは彼に気に入られているからでしょう。実際、よく授業をサボっている姿は見受けられます」
「……そうだとしても、アイツにあんな言い方しなくたって!」
どうしても、コイツの態度が気にくわなくて、つい言い返してしまったけれど生徒に対してあんな言い方はないはずだ。なぜ、春井はこんなに怒っているんだ?
そう言うと、春井はいつもの柔和な笑みを引っ込め、冷たく笑って口を開いた。
「…名津井先生は、彼に気に入られて、彼のことを気に入ってるからそういう言い方をなさるのでしょうが、そういう贔屓は程々になさった方がいい。」
「…贔屓?……お前それはどういうつもりで言ってるんだよ」
俺は立ち上がり、背の高いコイツの目に負けないように見据える。
「だから、彼のような生徒の一面しか見ていないようだといずれ足元を掬われる、と言っているんです」
なんだよ、その言い方…確かに俺はコイツみたいに人気教師じゃないし、コイツみたいに人生が上手くいっている訳でもない。けど、けど…
「この部屋は…!!俺のテリトリーだから!!!…俺は、お前みたいに学校の全部を把握したり、優秀に仕事ができるわけじゃないけど…せめて、せめてこの部屋に迷い込んできた奴くら
い、俺は全力で守りてえんだよ!」
名津井が、春井のネクタイを思いっきり掴み上げ強く主張する。春井は大層眩しいものを見つけたかのように目を細め、名津井が掴んだ手を優しくどけ距離をとった。それはまるで、なにかを諦めるような仕草だ、と名津井は受け取った。
名津井は少し不安にかられ、春井の顔を覗き込むと彼は逃げるようにして、保健室の外へとつながる扉へと足を向けた。
「俺は、名津井が思う程、すごい奴じゃねえよ…」
”名津井”と突然呼ばれたことに驚いたものの、そのまま後ろ姿を見て急いで追いかけるも、春井は簡単にこの部屋の外へと出て行ってしまった。
この目の前の扉を開けて、俺を追いかけていくこともできるはずなのに、この扉があまりに分厚くてここから一歩も外に出れない気がしたのだ。
***
「春井先生、いらっしゃいますか」
自分の想い人へ、思いっきり八つ当たりを決めてしまい職員室の自席で落ち込んでいた。その最中に、己を訪ねてきた生徒は、事の発端とも言える輩だった。
「…木田君、どうしたんですか」
春井は、猫を思いっきり被りなおしていつもの「春井先生」へとなる。
職員室には、ニヤニヤとしたり顔で立っている木田と俺だけ。
「名津井先生に、八つ当たりしたんですか?…春井センセ」
直球な言葉で言われてしまえば、苦笑いを浮かべるしなかった。その心がどれだけ荒れ狂っていても、それを表に出すことはかなわない。
木田 誠(キダ マコト)――一年Fクラスに在籍しており、学校内ではかなり扱いづらい存在であると一年担当の先生方が頼んでもいないのに、俺に教えてくれた。
誰に対しても警戒心を怠らず、人との距離感をある程度とって遠くからニヤニヤ観察するようなタイプである、というのがコイツと対話して思う俺の印象だ。
夏休みが明けた今日、夏休み中と同じようにとはいかないものの、少し遅い時間に名津井に弁当を届けに行ったのだ。そこで見たこの生徒は、警戒心が一切なく、ただ無邪気な子供だったのだ。名津井に向ける笑顔は、安心しきったもので「コイツは絶対に俺を裏切らない」という信頼が寄せられたものであったのだ。
それに気づくことなく、名津井も奴を警戒することなく、懐に入れている。
保健室自体、この学園の憩いの場所となっている。彼は、自覚が一切ないようだが名津井から発せられるあの空気感というのは、誰もが出せるようなものではない。彼の傍にいるのはとても心地よく、手放したくはない空間と化している。きっと、この木田以外の生徒だって、あの保健室に通い詰めている生徒がいるはずだ。
黙りこくる俺をバカにするように、木田は笑った。
「…だから言ったでしょ?アンタに、名津井先生は似合わないって」
「…それを、君に言われる筋合いはない」
「おぉ、怖い。それがアンタの本性ってやつ?
…俺が言わなくても、自分でわかっているんじゃないんですか?」
俺がギロリと木田を睨みつければ、肩をすくめるもののそのニヤニヤという顔は変わらない。なぜ、こんなにも余裕があるのだ、自分の余裕の無さが目立って仕方がない。クソ、わかっているさ、俺がこんなにも汚い大人で、反対にアイツは綺麗だ。
きっと、強烈な光を浴びさせられて、俺は蛾のように光に惹きつけられている。夏が終われば、俺の居場所は無くなってしまうのだ。
いくらアイツの隣にせっせと食料を運んだって、最近やっと笑って話せるようになったって、土台無理な話だった。アイツの隣にずっといることなぞ、俺には資格すらなかった。わかっていただろう、アイツみたいに負のフィルターを通して生徒を見ずに純粋に生徒たちの味方になるなんてことは俺にはできない。
アイツが眩しい。俺のような、爽やかで人当りのいいキャラクターという猫を被って過ごす人間にはアイツは眩しすぎるのだ。
目の前で、馬鹿にしたような笑みをやめない木田から目を逸らした瞬間、俺には名津井に手を伸ばす資格すらなくなった。
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