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春は夏に焦がれ、夏は秋を食らいつくす
「俺がしたかった…」
そういって両手で顔を覆う春井に、ふざけてんのかと俺の怒りのゲージが更に上がる。
「…お前俺に怒られて自覚ある?」
春井を壁に追い込んで、両手で奴の退路を塞いだのだ。俺より背の高いコイツのために、少し背伸びして上めに手を伸ばす。そもそも、コイツの方が俺に近づいてきて、意味深に顔を近づけてきたり、俺に餌付けしてきているのになんで俺が告白した途端来なくなるんだ。別に僕はそういうつもりじゃありませんでしたって…?考えているだけで、腹が立ってきた。ならば、俺を惚れさせた責任を取れっつうんだ。
「いや…だって、これ壁ドン…」
小声で訴える奴の言葉に、俺は今の己の状況にやっと気づいて手を壁から離した。自分の顔が赤くなっていくのに気付いた。春井の顔もきっと俺に負けず劣らず赤くなっていて、その顔はいつもよりもかわいらしく見える。
頭の中の俺が、地団駄を踏みながら「クッソ!顔が良い!!」と暴れている。
ずるずると力が抜けたように、壁に寄りかかりしゃがみこんだ春井を見て俺はなんとか喉の奥から絞り出した言葉でソファに座ることを促した。
「…弁当、いい加減食おうぜ」
そう言えば、春井はコクンと頷き、顔を両手で覆ったままソファへと歩き出す。器用だな、なんて見当違いなことを考える。きっと、俺もコイツも今は冷静ではないのであろう。
まるで、思春期の乙女だ。自分たちの状況に心底恥ずかしくなる。
もそもそ、と弁当を広げてもそもそ、と弁当を食べ始める。しびれを切らして、核心に触れることにする。
「…なに、違うやつに弁当渡そうとしてんだよ」
言葉にすると、余計に腹が立ってきた。お前だって、あの女が自分に好意を寄せていることすらわかっているはずだ。それなのに曖昧な返事を返して、いつもだったら上手くかわす癖に。
今日は本当に強行突破されて、俺の食料がなくなるところだった。
「……名津井、先生に会うのが怖くて」
「はあ?何言ってんだお前」
ナチュラルにそう返すと、春井は苦笑いをうかべる。そう、その顔だよ。その顔が胡散臭いのだ。つか、その呼び方やめろ、とついでに言うと、少し驚いたような顔を見せた。
「怖いってなんだよ、お前に恋愛感情向ける俺が気持ち悪いって?」
「それは違う!」
いきなり、声を荒げた春井に今度は俺が驚いた。じゃあどういうことだよ、という目で見てやると春井は、うなだれて視線を下に向ける。
いつものイケイケの春井はどこにいったのだろう、こんな春井を見るのは初めてだし、それはそれでいい気分だ。
「…俺が名津井、に向けてる感情に、お前が同じ感情を返してくれるなんて、思ってもなくて…」
「お。おう…?」
「怖くなったんだ…俺が幸せになっていいのかって、俺なんか…っ!?」
「俺なんか」のセリフに、俺は思わず春井の顔を両手で包み、顔を上げさせる。顔の良い春井はどんな顔をしていたってイケメンだけれど、それでもこんな顔を痛々しい。
「俺が、お前のことを好きだって言ってんだよ。俺の好きな奴を否定するのは例えお前でも許さねえ」
そう言うと、春井は少し泣きそうな顔をしてくしゃりと笑った。
***
昔から大抵のことが人よりできていた。顔も人より整っている自覚はあったし、勉強も運動もなにもしなくてもそこそこできた。
そんな俺は昔から孤立気味だったのだ。別に人懐こい性格でもなかったし、不遜でマイペースな俺は、人から一線を引かれ「春井君はすごいから」「春井ならできるでしょ」そう言われ続けてすがるものを与えられなかった。もしかしたら、両親が亡くなった時期もその頃だったから、皆俺にどう接すればいいのかわからなかったのかもしれないけれど。
高校に入って、「爽やかで人当りの良い春井君」になれば俺の周りにはいつも友人に溢れていた。すべてが上手くいっていた。
高校を卒業して、大学に入っても俺は、自分が傷つかないように人と距離をとり、誘われれば飲みに行き、告白されるままに女と付き合った。
ある日、人といることに疲れて、大学のあまり人が来ない時間帯に図書館に籠っていた。
すると、丁度隣に人が座ったので、折角人がいない時間を狙ったのに、と思い席を立とうとした。
「ねえ、アンタ、ハルイって人でしょ?」
俺は、自分の時間を邪魔されたのと思いがけず話しかけられたのも相まって「なに」と素で返してしまった。
あ、やばい、どうしよう、俺は焦った。しかし、相手の反応は、失望したような顔でも、春井の正体暴いたりといった顔でもなかったのだ。
「ハハ、ごめんて、一回話してみたかったんだよ」
その無邪気な顔に俺は、固まってしまった。いや、見惚れたのだ。
「いや、お前さ、ゆーめーじんだろ?確かに顔が良いな」
普段、褒められても良い気のしない自分の顔も、この男に言われるのは何故だか純粋にうれしかった。
「…お疲れ様、ハルイくん」
そう言われた瞬間に、俺のすべてが肯定された気がしたのだ。俺は、きっとこの男に会うために生きてきたのだ。
それから、俺はあの時の彼が同学年であり、学部も一緒なことに気付いた。
あれから、大学時代に話す機会はなかったけれど、彼が友人と話しているときに彼の進路を聞いた。
いつか、また彼に笑いかけてもらえるように。俺は彼を追いかけたのだ。
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