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第35話

「だから、解消なんてしないって。なにを……言って……」  番を解消することはできるが、それはアルファだけの問題で、オメガは二度と他のアルファと番うことはできない。  統久のように抑制剤が効かないオメガにとって、もうそれは二度とヒートから逃れる術を失うということになる。発情期を抑えられても桑嶋の母のように心を壊してしまうオメガが多い。 「……俺は、運命の番に出会っている」 「……え……。じゃあ……アンタは、その人と……番いたかった……ってことか。そんなこと聞いてないし、それなら……オレ、なんて……ことしちまったんだ……」  統久の告白に、桑嶋は驚きに目を見開き、自分がとんでもないことをしてしまったといった表情で彼を見返すと、統久はすぐに首を横に振った。 「違う。彼と番になる気は死んでもなかった」  言い切った統久は、そっと腕を伸ばして桑嶋の身体を確かめるように抱き寄せる。 「……なんで」  運命の番に出会ったなら、どんなことをしてもその人と結ばれたいと思うのがオメガである。  どんなに苦手だと思う相手でも、出会ってしまえば愛しさに変わってしまう存在だという。  そんな相手と番になりたくない理由なんてあるのだろうかと、不審気な表情で桑嶋がその顔を覗きこむと、統久は、その相手に思いを馳せるかのように蕩けるような表情で優しく笑みを作った。 「大事な……弟だからだ。禁忌だなんて人に後ろ指さされるよようなことは死んでもさせない。アイツには俺が最高の女を選んで、親父も巻き込んで婚約させた。全部俺が仕組んだ」 「……なんで、そんなこと」  それは、愛以外のなんでもないと桑嶋は感じると同時にやるせないような嫉妬心が湧いてくる。  本当の運命の番の前で、自分を運命の番だと嘘をついてみせた統久の行動は、彼に対する深すぎる愛情故のものだったからだ。 「そりゃそうだろ、自分の可愛い弟には最高に幸せになってほしいんだ。禁忌の番なんかもたせるなんてできねえよ。しかも、こんなむさくるしいだけの兄貴じゃあな。そんでもさ……俺は、弟を愛してる。こんな俺を愛してくれなんて、そんな図々しいこと言える自信ねえよ」  本当は、噛む前に言うべきことだったんだけどなと、困ったような表情をする統久には罪はない。  次のヒートまでには、桑嶋へ話をするつもりではいてくれたってことなのだろう。  本能でも心でも愛している相手がいると言う男を愛せるアルファは普通はいない。 それを重々承知していたからこそ、彼はずっとひとりでいたのだと考えると、桑嶋は胸を掴まれるような気持ちになった。

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