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第1話

二日前から翔太と口をきいていない。 会社の飲み会で遅くなった僕を心配して、駅まで迎えに来た翔太が、同僚に肩を抱かれていた僕を見て激怒したからだ。 飲み過ぎた同僚が、調子に乗って僕に絡んできただけなのに。僕も少し飲みすぎて、きちんと拒否しなかったのは、悪いとは思うけど…。 でも、帰る道中、ずっと不機嫌な翔太の背中を見て反省して、家に着くとすぐに謝ったんだ。なのに翔太は、僕の方をチラリと見ただけで、無言で部屋に入ってしまった。 その日から今日まで、まだ一言も喋っていない。 翔太のバカ!頑固おやじ!と悪態をついてみるけど、悪いのは僕だし…。それにずっとこのままで、取り返しのつかないことになったら…と思うと怖い。 だから、今日は許してもらえるまで謝ろうと、仕事中もそのことばかり考えて、ちっとも集中出来なかった。 仕事が終わると速攻で会社を出て、スーパーに寄ってから帰った。 家に着いて部屋着に着替え、手を洗って夕食の準備に取りかかる。 今日は、翔太の好きなハンバーグを作る。前に『凪のハンバーグが一番上手い!』って言ってくれたし。 その時の翔太の笑顔を思い出して、じわりと目に涙が浮かんでくる。 もう一度、あの笑顔を僕に見せてくれるだろうか…。 ちなみに翔太とは、実家が隣で生まれた時から一緒にいる幼馴染みだ。 高校の時に色々あって、七年間会ってなかったけど、去年の夏、あることがきっかけで再会して恋人になった。 今は、実家から離れた場所で、二人で暮らしている。 炊飯器が鳴ってハンバーグが焼けた頃に、玄関が開く音がした。 帰って来た!と身構えるけど、翔太はすぐにリビングには入って来ないで、しばらくしてから部屋着に着替えて、無表情で入って来た。 「お、おかえり…。ご飯出来てるよ…」 少し怯みながらそう言うと、チラリと僕を見て無言で箸を並べ出す。 喧嘩をしていてもこんな風に手伝ってくれる翔太が、やっぱり好きだ。 テーブルにハンバーグを乗せたお皿を置いて、ご飯、サラダ、スープと並べる。 僕も翔太の向かい側に座り、両手を合わせて食べ始めた。 お互い無言で食べ進めて、僕が半分食べたところで翔太が食べ終わる。 僕は、ゆっくりとお茶を飲んでいる翔太を窺うように見ると、意を決して口を開いた。 「し、翔太…。この前は本当にごめん…。これからは絶対に気をつけるから、許して…。僕と口をきいて。翔太と話せないの、嫌だ…」 言ってるうちに悲しくなってきて、声が震えて涙が滲む。 ズズッと小さく鼻をすすると、前から大きな溜息が聞こえた。 「はあっ…。凪にそんな顔されたら許すしかないじゃん。ホントに気をつける?俺以外に触れさせない?」 「うんっ、約束する…っ」 「…凪、こっちに来て」 翔太が僕に手招きをする。 僕は、俯いたまま席を立ち翔太の傍に行く。 翔太が、僕の腕を引いて、自分の膝の上に座らせた。 「凪、もう怒ってないから、そんな顔をするな」 「ほ…ホント?僕と話してくれる?」 「うん。俺もごめんな?子供っぽいことして。凪のこと好き過ぎて…腹が立ったんだ」 「…よかった…。ズッ…。ううん、僕も、もし翔太のあんな姿見たらショックだから、わかるよ…。ごめんね。ねぇ翔太、お詫びに僕、一つだけ翔太の言うこと何でも聞く!」 「え?」 翔太が目を大きく見開いて、僕の顔をジッと見る。 「…何でも?ホントに?」 「うん!」 翔太は、一旦目を上に向けて何かを考える素振りをした後に、ニヤリと笑って僕を見た。 その顔に一瞬ドキリとしたけど、そんな無茶振りはして来ないだろうと、僕も翔太を見つめ返した。

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