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序章~現在~
「えーちゃん!課長のハンコもろてきたからこれもついでに届けといてな」
「わかりました」
えーちゃん、と声をかけられたのは永倉智 。東京東京支社との窓口である東京営業部に所属する、二十八歳独身。
書類の入った社名入りの封筒を胸に抱いたまま、しばし惚けていると
「えーちゃん!早よ準備しぃや!」
封筒を持ってきた張本人から喝を入れられる。
「あっ、すみません」
しどろもどろになりながら、智は封筒をブリーフケースに突っ込んだ。
ここはとある一部上場企業の大阪本社。取り扱うのは医薬品に始まり日用品、化粧品まで幅広い。それゆえ社内の組織も大きく、細かく枝分かれしている。
智はもともと東京出身で、大阪の大学へ進学、そのまま大阪で就職した。いずれは東京支社へ異動できるかなあ、なんて軽い気持ちで考えてはいる。
「しっかり届けてや」
封筒を持ってきた男が、人懐っこく笑いながら智の肩をぽんと叩く。
「もちろんです!じゃあ行ってきます、椚田 さん」
これから東京支社へ出張だ。出張届を出し、荷物と上着を手に、部署のフロアから出る。パーテーションでいくつもに仕切られたスペースを抜けエレベーターに向かう途中、隣の開発企画部を通りかかれば、さきほどの椚田の姿が見えた。
──カッコイイなあ
智はいつからか、椚田をつい目で追ってしまう癖がついていた。椚田は隣の開発企画部に属する、智の二年先輩だ。開発企画部と東京営業部は業務上特に密な繋がりがあり、行き来することが多かった。時には同じ会議に出席したり、連れ立って出張に赴くこともある。
椚田は誰をも不快にさせないキャラクターで、仕事や人間関係を円滑かつ迅速にすることに長けていた。常に周りをよく見ていて、人手の足りていないところには自分、もしくは自分よりも適した人物をさりげなくフォローに回す。アメフトで言うところのクウォーターバックというポジションが最も適している男だと言える。
椚田が所属する課には、昨年東京から来た、仕事面では切れ者だが人とコミュニケーションをとる気が皆無で何を考えているのか分からない変わり者の課長がいるが、椚田はその課長と他部署の間の窓口的な役割をも果たしていた。
次々に手柄を立ててバリバリと人を蹴落としてのし上がっていくタイプではないが、間違いなく会社にとって必要な人材である。個人的に助けられたことも何度もある。
最初に助けられたのは──
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