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四年前 春

智が入社してまもない頃、新人歓迎会の時だ。まだまだ前時代的な風習が残るこの会社、良くも悪くも上下関係が厳しく、それは酒の席においても同じだった。上司が飲めと言えば飲まなければならない、そんな暗黙の空気が出来上がっている。しかし厄介なことに、智は下戸で、無理に飲むと体調を崩す体質なのだ。  かなりのお偉方である事業部長から酒を勧められ、目を白黒させているところへ 「永倉くん!オーダーまとめんの手伝って!」  遠くから声がした。声の主は椚田。当時椚田は三年目で、その一年は幹事を任される役回りだった。智には神の声のように感じたものだ。 「はいっ!」  シャキッと立ち上がり、事業部長に失礼します、とだけ言い捨て、智は椚田の元へと逃げるように駆けていった。いざ行ってみると特に手伝うことなどなさそうで、そこで智は助け舟だったことに気づく。 「椚田さん、さっきは助かりました。ありがとうございます」 「何が?あれ、さっきまでめっちゃ忙しかってんけどなあ。ま、いっか。せっかく来たしここで飲んでったら?」  そう言って破顔する椚田に、智はこの時すっかり惹かれてしまった。  その後互いに烏龍茶をチビチビやりながら、出身地や出身大学と通りいっぺんの会話を交わした。 「わ、そろそろ締めなあかん!永倉くん、頑張ってや!ええ面構えしてるんやから、期待してるで」  言うが早いか立ち上がり、他の幹事数名と風のように宴をお開きにし、手早く二次会の手配を始めた椚田を、智はいつまでも眺めていた。  良い面構え、なんて、生まれてこの方言われたことがなかった。どちらかと言えばぬくぬくと苦労を知らずに生きてきたし、顔自体取り立てて二枚目の造りをしている訳でもない。ごくごく普通の容姿で、強いて言えば身長だけは無駄に高いだけ。椚田はただのリップサービスのつもりだったのかもしれないが、その言葉は智の心にいつまでも響いた。  椚田が開発企画部所属で、智の所属する東京営業部と縁が深いと知り、智は喜んだ。喜んだ通り、毎日のように椚田と接する機会に恵まれることになった。そこで数々のフォローやリカバリーを、人知れず行なっている椚田を何度となく目の当たりにしてきた。  彼の姿を探し、目で追うようになってしまった智であったが、それは本当に先輩として、人間として尊敬しているからであって、見習いたい、あんな風になりたいという一心からであった。  自分でもバカバカしいと思いながらも、スーツの色を真似てみたりした。カラーのワイシャツや、ブルーブラックに柔らかくウエーブがかかったツーブロックのヘアスタイルなどは、営業職の智には真似することができなかったが。

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