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昨年 夏
昨夏には、若い連中が声をかけあってビアガーデンに繰り出したことがあった。部署も肩書きも気にしない、言い出した誰かが人づてに集めた仲間内の、煙たいお偉方のいない気遣い無用の集まりに、智も呼んでもらった。同期で人事部所属の加藤と一緒に参加した。
幸運なことに、椚田も来ていた。どうやら発起人の一人らしい。相変わらず椚田を惚けるように目で追っていると、加藤からツッコミが入った。
「えーちゃんさっきからあの人ばっかり見てへん?」
そんなにあからさまだったか、今後気をつけなければ、と焦りながらも、嘘はつかず肯定した。
「うん。あの人すごいんだよ、いつも目で追ってしまって」
智が恥ずかしげもなく認めてしまったので、からかうつもりだった加藤は面白くない。
「何がすごいん」
「常に周りに気を配れてるんだよね。誰からも好かれててすごくよく気がつくし、もう本当に尊敬してる。憧れ」
「そうか?」
加藤が眉を互い違いにして訝しむ。
「あんなずっとヘラヘラしてる人、絶対信用ならんと思うわ。誰からも好かれてる言うけど、俺はあんまり好かんで」
そんなふうに思う人もいるんだ、と純粋に智は驚いた。
「そう、なんだ」
そうは言われても誰がどう思おうと勝手なわけで、加藤が椚田を嫌うのも勝手なら智が椚田を尊敬するのも勝手なわけで。智は特に気にとめず、椚田ウォッチングを再開した。
確かにいつも笑っている。思い返せば仕事中、真剣にパソコンに向かっている時でも、何となくゴキゲンな表情だ。眉と口角が上がっている。それもまた、敵を作らない、人を惹き付ける秘訣なのだろうと智は考えた。一番に真似すべきは、ここかもしれない、と。
乾杯を終え、各々好きに過ごし始めた。仲の良いグループで固まって、みんなワイワイと楽しそうである。智も同期で集まって談笑していたが、やはりチラチラと椚田を探していた。
やっと見つけた椚田は珍しく一人だった。少し疲れたような表情で、ぼんやりしていた。サーモンピンクのフレンチスリーブからは二の腕が晒け出され、ネイビーのアンクルパンツからは生足首が、そしてビーチサンダルからは生足が露わになっている。普段スーツ姿しか見たことがないので、私服というだけで新鮮に映るのに、いつも隠れている部分が晒されて、智は妙に焦ってしまう。
椚田が一人でいることなど滅多にない。思い切って声をかけてみようかな、そう思った時、椚田が大きくため息をついて肩を落とした。スマホを持っていた手をだらんと下げ、俯いた。
空気を読んでいないと思われようと、どうしてもそのままにしてはおけなかった。
「椚田さん」
「あれ、えーちゃん?どしたん」
呼ばれて顔を上げた椚田は、もういつもの椚田だった。スマホをポケットにしまい込み、立ち上がる。
「楽しんでる?今日は無理やり飲ますオッサンもおらんから安心やろ」
ニカッと笑うが、智は笑い返せない。
「あの、差し出がましいようなんですが、何か辛いことでもあったんですか」
しばし、椚田の動きが止まった、ように感じたが、すぐさま笑いだした。
「なんなんそれー。別になんもないよ?ちょっと疲れたけどなあ」
「そう、ですか」
当たり前だ。もし仮に、本当にどうしようもなく辛い思いをしていたって、親しくもなければ頼りにもならないこんな後輩に打ち明けるわけがない。何様のつもりだ。本当に差し出がましいことをしてしまったと、顔から火が出そうで、穴があったら入りたくなってしまった。
「でも、ありがとうな」
椚田が自分の位置より高い智の肩をぽんぽんと叩いた。初めて触れられて、智は胸の高鳴りを自覚せずにはいられなかった。
こんなの、まるで──
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