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今年 冬(1)
「マジで自分、あの人に恋してるんやない?」
年が明ける頃には、加藤からも図星を刺されるほどに重篤化していた。
「そんなわけあるかよ」
口では軽く否定しておくが、心の中では肯定するしかない。ああ、やっぱりそうなんだな、と、さらに納得させられてしまう。
智は実はバイセクシャル、そしてかなりの奥手。これまでの人生、男性一人、女性一人と付き合ったことがあるが、いずれも深い仲になる前に破局を迎えてしまった。つまり童貞である。それ以前に、自分がどちら側──抱きたいのか抱かれたいのか──すらよく分からない。
椚田を恋愛対象として見ているのかどうかも、実はまだ今ひとつハッキリしない。ただ、憧れて、あんなふうになりたくて、もっとお近付きになりたくて……そんな感情を抱いていることは間違いなかった。
「ほな知ってる?岩崎さんが椚田さん狙ってんの」
加藤がニヤニヤしながら訊いてくる。岩崎とは智ならびに加藤の同期の女子。
「え、知らなかった」
「バレンタインには本命チョコあげるとかなんとか言うてたで」
本命だろうと義理だろうと、もっと近づきたいという気持ちを軽率に伝えることが出来て、女子はいいなあ。
その話を聞いた時、智はその程度にしか思っていなかったが、夜自室で一人になって改めて思い返すと、心がざわついてきた。椚田が誰かのものになってしまうのが、誰か特定のひとりだけの特別な存在となるのが、嫌だとはっきり思ってしまった。できれば気付きたくなかった感情だ。だけどそもそも、あれだけのルックスと人当たりの良さで、あれだけの気配りをできる人が、今フリーなわけないんじゃないだろうか。
そしてバレンタイン当日。智は誰にあげるわけでもなければ貰えるアテもなく期待もしていないが、気が気でない。岩崎と椚田の接点はそんなになかったはずだ、たぶん上手くいくはずがない。いやしかし、岩崎は客観的に見ればなかなかの美人だ。でもだからって椚田が顔だけでOKするとも思いたくない……
「またボケーッとして」
気がつくと会社の最上階にある社員食堂で、加藤が隣にいた。
そうだった、昼休み中だった。社員食堂内でもこの時とばかりにチョコが飛び交っている。
「お前貰ったの?」
「ああ、フロアの女子一同からな」
「義理か」
そんなもんだ、智は貰えただけでも良しと思っているぐらいだ。こんな地味で、普段女性と話すこともないような自分には、元来縁のないイベントなのだ。
その点椚田は岩崎だけに限らずあちこちからたくさんチョコを貰っているんだろうか。そのうちのいくつが本命なんだろう。チョコお渡しレースに出場することすら出来ない、レースの参加資格さえない自分は本当に指をくわえて遠巻きに見ているだけだ。
「気になるんやろ、岩崎さんのこと」
またまた食事もお留守にぼーっとしていたら、加藤からつっこまれたが、ちょっと語弊がある。
「そんなこと全然」
「あー言い方悪かったな。岩崎さんが振られるかどうか?」
智は口を噤んだ。さっきから、岩崎が振られればいい、上手くいかなければいい、そんなことばかり考えている。岩崎とは普段普通に仲の良い同期なのに。取り立てて嫌なところもない、素敵な女性だ。なのに。
ひどい自己嫌悪に陥ってしまい、食事もそこそこに智は席を立った。
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