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今年 冬(2)

 翌日出勤時、たまたま駅から会社への道で岩崎と一緒になった。 「おはよう」 「おはようえーちゃん」  見た感じ、いつもと変わりない。落ち込んでいるわけでもなければ、浮かれている様子もなく。 「昨日って、さ、渡したの?」 「んもぉー、なんでみんな知ってんの?さては加藤やな!」  忌々しげにギリリと歯噛みする仕草で岩崎が唸る。 「……うん、加藤から聞いた」 「渡したよ。で、振られた」 「……そっか」  同情するような素振りを見せながら、ほっとしていたり喜んでいたりする自分が嫌になる。だがしかし、 「付き合ってる人、いてるねんて」  続いた言葉に、凍りついた。 「……そっか」 「当たり前やんなあ!あんな人がフリーなわけないよなあ。フリーやったらかえって怪しいぐらいやわ」 「怪しいって」 「ホモとか?」  ドキリとした。自分のことかと。  岩崎と付き合うことにならなかったとほっとしたのもつかの間、既に決まった相手がいることも知ってしまったのであった。 「へえ。女の影なんか全然見え隠れせえへんのにな。」  加藤は興味なさげに、だがしっかりと問いただしてきた。 「岩崎さんも俺も同意見だったよ、あんな素敵な人がフリーなわけないよな、って納得した」 「キモっ。振られたモンどうしキズ舐めおうてんやないで。あ、でもそういえば……」  少し関係があるかも、と話し出した加藤。去年の秋頃から、椚田がよく連休を取っているというのだ。そもそも以前は有給消化はほとんどしていなかったのに、最近ではしっかり消化するようになり、中でも特に月曜や金曜に取ることが多くなった、と。 「もしかして、遠距離恋愛ってやつかもな?」  加藤が下卑た笑いを張り付かせる。 「……付け入る隙、あるかもねぇ?」  ジト目で笑いながらそう言い残すと、自ら所属する人事部へ歩いていってしまった。  付け入る隙、って何だよ。  割って入れって言うのか?  略奪しろとでも?  そんなつもりは毛頭ないのに、加藤のせいでそんな事ばかり考えてしまう。どうせ実行に移す勇気なんてないのに。それでも、もしかしたら、ワンチャンあったり……いやいやいや。  憧れ、尊敬の対象だったはずが、いつしかもっと近づきたいと思うようになり、今ではどうだ。彼女に取って代わる妄想なんてする始末。  それは置いておいても、もうあと一歩、近しい存在になれはしないだろうか。大勢の後輩のうちの一人ではなく、くだらない雑談や、プライベートな会話もできるぐらいに。

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