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【試し読み】身の丈合わない男の話 1

「はぁ、っは、本気なん……?」  ずっと前から大切に思っている、好きで好きでたまらない人が、今、眼下にて涙を流している。 「こんなん、シャレならへんやん」  非難と哀願の混ざりあった目つきですらも、愛おしくてたまらない。 「今やったらまだ引き返せるから、……な?」 「……ごめんなさい、ごめんなさい……!」  自身も涙をぼろぼろ流しながら、がむしゃらに腰を打ちつけた。人形のようにがくがくとゆさぶられる相手に表情はなかった。  ――なんて夢をみてしまったんだ。  目が覚めて、自分を殴りたくなった。夢の中で組み敷き、支配し、思う存分嫐っていたのは、長年恋い慕っている相手。決して手に入ることの無いその人への慕情が、こんな夢を見させてしまった。  永倉智の想い人は会社の先輩であり、同性だ。その上同性の恋人がいることを自ら知る羽目となってしまった。知ったところで諦めもつかず、奪い取る度胸も勝算もなければ告白して玉砕する勇気もない。宙ぶらりんな気持ちだけを引きずって、毎日顔を合わせている。  智はもともとバイ、というか、ほとんど恋愛経験がないと言って良い。慎重で滅多に惚れることなどない上に、極端に奥手な性格で、数少ない交際相手とも一線を越えること無く終わっている。現在の恋煩い相手にも、果たして自分自身、『どっち側』希望なのかもわかっていない。なのになんという夢を―― 「おはよーえーちゃん!」  ほら、早速今朝も出会ってしまった。人の気も知らないで屈託なく笑いながら肩なんて叩いてきて。夢の中ではあんなに嫌がって泣いてたくせに…… 「おはようございます」  脳内で土下座しながら挨拶を返した。夢で犯しまくったその人、椚田涼司が目の前にいる。人懐っこい笑顔とよく通る声が、相変わらず爽やかで惚れ惚れする。 「打ち合わせ、時間通りでいける?」 「はい。準備はできてます」 「ほんまに最近めっきり頼れる男なってきたなあえーちゃん! 面構えも変わってきたわ」  恋愛的な意味で特別な存在になれないのならばせめて使える後輩と認めてもらえるようにと、仕事面で努力してきた。どうやら椚田にも伝わったようで、智は心の中でガッツポーズをきめた。

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