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第7話

「そうです。こういうプリントとか貰うと、つい自分の名前を書いちゃうクセがあるんですよね。持ち物にはきちんと名前を書きましょうって言われて育って来たからかな?」 「ふふ。学校のテストでもまず名前を書きましょうって習いましたからね」 「ですよね! 店長もそれに名前、書いていいですよ」 「えっそれはちょっと……」  嫌です、と笑うと森下くんは「えぇ〜」と腕組をして笑った。  嬉しい。  僕はいま森下くんと、好きな人と話しているんだ。  僕は思った。  きっとこれから、この人をもっともっと好きになってしまうだろう。  それは幸せの始まりか、不幸の始まりか。  今はまだ分からないけれど、とにかく許される所まで自分の気持ちに素直になってみようかと、僕は複雑な思いでプリントの端に名前を書いてみせた。  森下くんは書かれた文字を見つめながら、難しそうな顔をして頬杖をついた。 「青山(あおやま)……下の名前は何て読むんですか?」 「内緒です」 「えーっ! どうして? そう言われるとすごく気になるんですけど」 「いろんな読み方がありますからね。一度ではなかなか当てられないんですよ」 「ヒントは?」 「ヒントですか? まぁ、奇抜すぎる読み方はしないですが」 「うーん……もし一発で当てられたら、何かもらえます?」 「え?」 「あ、俺に一杯ビールを奢るっていうのはどうですか?」 「そ、それは……」  僕は目をぱちぱちとさせる。  顔と心がジンジンと熱を持っていった。  それってつまり、君と飲みに行けるって事だよね?  何それ。そんな事賭けなくたって飲みに行きたいよ。  というか、そう言ってくるって事は、お酒好きなんだね?  あぁ、そういう情報、もっとください。  森下くんは宙に指で文字を書きながら、うんうんと唸っている。  周りの店長達はそんな様子の森下くんを物珍しそうに見ている。  ただでさえ、隣同士で座っているのは僕達だけで目立っているのに、多分変わった人達って思われているのだろう。  余程ビールを奢ってもらいたいのか、森下くんは真剣に悩んでいるようだ。  そしてピタリと指を止め、今度は僕の顔をじっと見つめてくる。  え、何、透視?  今すぐ眼鏡を外して、視界を悪くしたい。  そんな美しい顔に見つめられて、僕は卒倒しそうだ。  透視でも何でも使っていいから、当てて。お願いだから。  そんな時、デベの事業開発部長らが中に入ってきたので、ざわついていた声がピタリと止んだ。  僕も前を向き直し姿勢を正すと、急に左耳に熱い吐息を感じた。  森下くんが、耳元で僕の名前を囁いたのだ。  僕は森下くんの方はとても向けずに俯いて唇を噛んだ。  やばい。やばいやばい。  そんなの反則ですよ。  胸をドキドキとさせながら、震える指先でプリントの端に小さく文字を書いた。  “正解です”

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