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第6話

 ならば彼の真後ろに座ってみようか……とも思ったのだが、こうして悩んでいるうちに真後ろの席も呆気なく座られてしまった。  もう諦めて離れた席に座ろうとしたその時。 「あっ! お疲れ様です」  ふと声のした方に視線を向けると、森下くんはこちらに向かって片手を上げていた。  あれ、僕? 僕でいいんだよな、目が合っているし。  軽くお辞儀をすると、森下くんと同じテーブル席に座っていた男性が荷物を持って徐に立ち上がり、僕に向かって言った。 「そこ、良かったら座って下さい」 「あ、いえ、悪いですよ」 「気にしないで」  その人は軽く微笑んで、もっと後ろの席にずれてくれた。  今の人は、確か三階の某有名デニムショップの店長だ。  ありがとうデニム店長。今度そこのお店に買いに行くからね。心の中でお礼を言って、僕は森下くんに近づいた。  森下くんは僕のために椅子を引いてくれたけど……何故か、一つ空かさずにすぐ隣の椅子を引いていた。  僕がそこに座っては、距離が近くなってしまうではないか。  照れてなかなか座れない僕を見て、森下くんは「あれ?」とこの前のように首を傾げた。 「もしかして、一つ空かせて座らなくちゃいけない決まりなんですか?」 「いや、そんな決まりはないですが」  けれど、かなり近くなるよ、いいのかい?  皆だいたい一つ空けて座っているけど、あまり気にしないのかい?  まぁ僕は、嬉しいけどね。  バッグを隅の椅子に置いて、腰を落とした。  ……やっぱり近い。  テーブルの上に置かれた森下くんの腕の肘が、僕の片腕に触れた。  パーソナルスペースが思い切り近い。  森下くんに不快に思われないか、心配だ。  今横を向いたら思いっきり目が合ってしまうと感じた僕は、もらった資料に視線を落としながら何から話そうかと期待と羞恥を入り交じらせていた。  森下くんはこんな僕に気を遣ったのか、それとも元から人懐こい性格なのか、明るい調子で話し掛けてきた。 「sateenkaariの店長さんだったんですねー」 「あぁはい。君は二番手なんですか?」 「はい、こんなんですけど、一応」  森下くんはほっぺをポリポリとかく仕草をしていた。  遠くから見ていた時も思っていたけど、肌がとても綺麗だ。陶器のようにツルッとしていて白く、髪の毛は明るい茶色だけれど傷んでいる様子もない。そして何より、僕の大好きな手、指。  その繊細な指で料理をして皿を運んでいるのだなぁと、しみじみとする。  ふと、彼の資料に名前が手書きで書いてあるのを見つけた。  森下――拓真。  たくま、か。いい名前だ。 「森下くん……って、言うんですね?」  口に出すと、なんだか小っ恥ずかしい。  それに今知った風に装っている自分は、もっと恥ずかしい。  森下くんは、資料プリントに自分で書いたであろう名前を見ながら笑った。

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