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第38話

「なんですかいきなり」  身体中を熱くさせながら言うと、森下くんはますます笑った。 「俺、店長の力に結構なれたよね」 「力にはなってくれたのは事実ですが、惚れてはいないです」  森下くんはいきなり何を言い出すのだろう。  演技しなければ。少しでも動揺した姿を見せたらバレてしまう。 「なんだ、ちょっとは惚れたんじゃないかって思ったんだけど」  なるほど、意図が分かった。  森下くんは僕のことを揶揄っているのだろう。この前僕がゲイだと聞いてそんなことを言ってくるんだ。他のところは大好きだけど、たまに調子に乗る癖だけはやめてほしい。 「すみませんが、僕が好きになる人って森下くんタイプじゃないんですよね。なので君に惚れることはないと思います」  ついつい嘘を並べると、森下くんは大袈裟に目を丸くした。 「えっ。俺タイプじゃないってどんなタイプが好きなの?」 「もっとこう……ガチムチっていうか、強靭な肉体で僕を守ってくれるみたいな体つきをしていて、けれど性格は大人しくて物静かで寡黙であんまり笑わない、沈着冷静な人がタイプです」 「それ、俺と真逆じゃない……?」 「だから君に惚れることは絶対にないと思います」  キッパリと断言してしまったけど。  あぁぁ。  嘘がこんなにすらすらと出てきて恥ずかしい。そんな人全然タイプじゃないのに。いつもニコニコ笑ってくれている人がタイプというか森下くんが大好きだけど、揶揄われたのだと思うと意地を張りたくもなる。   「あ、そ。じゃあ、俺と一緒に旅行に行っても全く問題ないね?」  森下くんはどこか勝ち誇ったように言う。 「旅行?」 「店長、夏休み一緒に旅行行かない? 俺、ずっと考えてたんだけど誘いづらかったんだ」 「りょ、旅行って、どこに行くんですか」 「んー、まだ決めてないけど、温泉に浸かってのんびりして、日々の疲れを癒そうよ」 「日帰りで?」 「いや、一泊したいなぁ」  旅行? 一泊? 大好きな君と一緒に?  動揺して、歩く速度が無意識に速くなっているが、森下くんはぴったりと横についている。 「俺とだったら大丈夫でしょ? 俺に惚れることは?」  まさかこんな話になるなんて思わなかった。  君と二人で一泊だなんて耐えられるんだろうか。いや、無理だ。だって森下くんの裸をバッチリ見ることになる。平常心でいられる自信がない。 「考えておきます」 「えーなんで? 行こうよ〜一緒に」  腕を絡ませられたのでやんわりと振り払う。 「友達と行けばいいじゃないですか」 「みんな都合悪いんだもん。俺とじゃやだ?」 「いえ、そんなことは無いですが」 「じゃあいいじゃん」 「今度のロープレ大会で、森下くんが賞を取れたら行ってもいいですよ」  賭けをして誤魔化すことにした。  大丈夫。あんなに大勢出場する中で入賞することはなかなか難しい。飲食店部門だけで四十名以上はいるから賞を取ることは無理だろう。 「うん分かった。じゃあ約束、ちゃんと守ってよね?」  森下くんは文句も言わずにすんなりと頷いたので、ある疑念がわく。  もしかして自信があるのだろうか。本当に入賞できると思ってるんだろうか。  まさか、まさかね。  森下くんと途中で別れ、店に戻った僕は電話でマネージャーに事後報告をした。怒鳴り声に耳が痛くなったけど、僕はひたすら頭をペコペコ下げ続けたのであった。    ──そして、ロープレ大会当日。   『食品・飲食・サービス部門で見事準優勝に輝きましたのは……森下、拓真さんでーす! おめでとうございまーす!』  アナウンサーみたいな喋りの司会進行役に名前を呼ばれた彼は壇上に上がり、トロフィーを受け取ってマイクの前ではにかんだ。 『えっとー、緊張しまくっていたので、まさかこんないい賞を頂けるとは思ってなかったんですけど、ありがたく受け取ることにします。応援してくださった皆様、本当にありがとうございましたー』  ずれた眼鏡の縁を指で持ち上げ、僕も一応まわりと同じように拍手を送るが。  ただ呆然としていた。  ほ、本当に、取ってしまった……。

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