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第40話

 強羅、仙石原、箱根湯本などと色々と案を出されたが、結局、行き先は八代くんがお勧めした湯河原になった。  森下くんも何回か訪れているそうで、久々に行きたいとのことで決まった。僕はどこでも良かった。二日間、穏やかに心をかき乱されることなく過ごせたら。 「パーキング寄ってく?」 「はい、どちらでも」  森下くんが運転をする姿はとてもカッコイイ。僕はペーパーなので運転は無理だ。  レンタカーの手配から宿泊予約まで、すべてお任せしてしまった。  途中パーキングに寄って休憩をし、店で買ったソフトクリームをそれぞれ頬張った。テーブル席は満席だったので、外にある花壇の淵に腰掛ける。 「疲れませんか? 僕も運転できたら良かったんですが」 「全然。気にしないで」 「宿についたらゆっくり休んで下さい」 「うん。露天風呂楽しみだねー」  クリームに顔から突っ込むところだった。  やっぱり、一緒に入るべきなんだろうか。  森下くんの裸を想像すると、頭の中がぐるぐるとして落ち着かなくなってくる。  一足先に食べ終わった森下くんが、少し離れて煙草を吸いながら僕を見つめていた。早く食べ終わりたいのだが、緊張してコーンをなかなかうまくかじれない。 「あの、言おうと思ってたんですが」 「何?」 「大丈夫なんですか、貴重な夏休みを僕との旅行に使ってしまって」 「それを言うなら、店長だって一緒じゃん」 「僕は別に……」  あいにく実家に帰省することもないし、誰かと遊ぶ予定も無い僕に取って願ってもないことではある。  森下くんは僕と違って、いろんな人と交流がありそうなので少々心配になった。 「実家に行ったりはしないんですか」 「うん。いつでも帰れるし、わざわざ夏休み中じゃなくても。杏には合わせて帰省しようって言われたけど面倒くさくて」  森下くんは立ち上がって伸びをした。  その隙にコーンを口の中へ投げ入れる。視線を上げると、空は青くて広い。僕はこの後、森下くんと一緒に夕焼けと夜空と明日の空を迎えなくてはならない。  車は目的地に着いた。  川のせせらぎが聞こえてくる。  木々に囲まれたその旅館に一歩足を踏み入れると、すぐに女将さんと思わしき人に声をかけられたので、森下くんがロビーで手続きを済ませ、今日泊まる部屋へと案内してもらった。  襖を開けて中に入ると、予想していたよりも遥かに広くて綺麗な空間だったので尻込みしてしまった。どう見てもファミリー向けの部屋の大きさだ。  女将さんは奥のクローゼットを開けた。 「こちらにタオル類は入ってます。もし足りないようでしたら言ってくださいね」 「はい、どうも」  ニコニコとする森下くんの後ろで、僕は耳打ちした。 「あの、こんないい所に泊まるんですか」 「大丈夫。思ってるほどは高くはないよ」  しかもさっき気づいたけど、隣の客室とは思っ切り離れている。  女将さんがまた何かを説明してくれているみたいだったが、全部耳からこぼれ落ちて一つも頭に入らなかった。  話し終えた女将さんが笑顔で部屋を出ていったと同時に僕を振り返った森下くんは、目を丸くした。 「店長、なんでそんなすみにいるの」 「少し、落ち着こうかと」 「はは、そうだね。あぁ、いい眺めだねぇ」  部屋のすみで正座をする僕の横で、森下くんは窓から景色を眺めている。  開け放っているクローゼットの中にはハンガーとタオル、たてかん柄の浴衣が畳まれているのが見えた。  浴衣、着るのかな……。  恥ずかしくなって視線を外したが、森下くんがいつの間にか僕の隣で横向きに寝転がっていた。  自分の腕を枕代わりにして、僕をじっと見上げてくる。  逃げようにも逃げられなくて、僕はますます体を縮こませた。    やっぱ来なきゃ良かった……! 「もう少しのんびりしたら、行こうか。ついでに近くも散歩してみよう」 「はい、そうですね」 「店長、さっきからどうしたのー?」  ケラケラ笑う森下くんとは対照的に、僕はずっと唇を一文字に結んだまま、胸のドキドキが抑えられずにいた。  

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