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第41話

 外に出た僕たちは、観光客で賑わっている駅前を通り過ぎ、古民家風のカフェに入った。  席はほぼ埋まっている。  多少待つのを覚悟だったが、二階席がちょうど空いていたらしくラッキーだった。階段の傾斜がとても急なので、手すりを持って気を付けながら上る。 「結構暗いね。気をつけてね」 「はい」  すぐ後ろに、森下くんという存在があるのを意識したら顔が熱くなった。  動揺したのか、片足を踏み外してしまう。  もう片方の足で踏ん張るが、階段にすねを直撃してしまった。 「大丈夫?」 「は、はい……」  腰を支えられ、めまいがする。  いけないいけない。いつも通りにしなくては。  ジンジンと痛む箇所をさすって席につき、やってきた女性店員に珈琲とスコーンのセットを二つ頼んだ。 「学生の時にふらっと寄ったのが最初。ずっと変わってないよ、机の配置とか、メニューも」  森下くんと同じように、辺りを見渡した。  昭和感の漂う木造内装である。  他には若い男女や子供連れの家族など、客層も様々だ。  メニューは珈琲と、ほんの少しのデザートしか置いていない。  だからなのか、テーブルがかなり小さい。というわけで僕と向かい合って座っている森下くんの顔も必然的に近くなるという仕組みだ。少し身を乗り出せば、唇が触れてしまいそうな距離である。 「ここには何回くらい来たんですか」 「何回だろ? 今日で四、五回目くらいかな」  君の思い出の場所に連れてきてもらえて、僕は幸せです。  その言葉は胸の中だけに留めておこう。  しばらくして、若い男性の店員が僕らのところにやってきた。 「こちらモカブレンドです」 「あ、はい、僕です」  目を伏せながら小さく手を挙げると、なぜか森下くんに「くくっ」と笑われた。  失礼な。何も面白いことはないのに。  森下くんの前にはオリジナルブレンドの珈琲が置かれ、ジャムが添えてあるスコーンの皿が二つ並べられた。  店員が階段を下りていったのと同時に僕は訊いた。 「どうして笑ったんですか」 「んー? 店長が可愛いなぁと」 「はい?」 「さっきの人、タイプでしょ」  さっきの人? あの若そうな店員か。  確かに物静かそうで、筋肉質ではあったけど。  僕はこの先、さっきみたいな人と会うたびにこうして君に突っ込まれなくちゃならないのか。  そう考えると苦笑うしかなかった。全くタイプじゃない。誤解を解きたいものだが、今更どうしようもないので合わせておいた。 「あぁそうですね。タイプかも」 「やっぱりー。無口そうだったもんねあの人」 「さっき笑ったのは、僕があの人を一瞬で気に入ったとでも思ったんですか」 「だってなんか恥ずかしそうに下向いてたから」 「そんなっ、普通ですよ」    本当は君が好きなんだぞ、僕は。  そう言いたくても言えない歯痒さから、少々声を張り上げてしまった。  すぐに場違いだと気付き、さっきよりも体を丸めてケーキをもそもそと食べる。  森下くんは特に気にする風もなく、珈琲をゆっくりと味わっていた。 「そういう君はどうなんですか」 「ん、俺?」 「どんな人がタイプなんですか」 「タイプかぁ。そういえば考えたことなかったなぁ。好きになった人がタイプというか」 「なるほど」 「今は店長がタイプかな」 「ぶっ」 「えっ、店長、大丈夫ー?」  噴き出してしまったので、おしぼりで口を拭う。  バカじゃないのか。この人はいつもこうやって僕を揶揄ってくる。  落ち着きを取り戻した僕は、冷静に諭した。 「あの、前から言おうと思っていたんですけど、そうやって僕を揶揄うのやめえもらえます?」 「揶揄ってないけど。俺、別に店長とだったら付き合ってもいいよ」  だから、バカじゃないのか。  付き合うって意味を知らないのか。  睨みつけると、森下くんはニコニコと僕を見つめ返してくるので、少々気が緩んだ。  あれ? 本当なの?  もし本当だったら? 僕が付き合ってほしいと言えば、本当に付き合ってくれるのか?  ……いや、バカなのはさっきから僕の方だ。   「出会いが無いようならば、杏さんに頼んで紹介でもしてもらったらどうですか? 君だったらすぐに恋人が出来ると思いますけど」  真面目に返すと、森下くんは少しだけ間を置いて言った。 「店長も、俺に彼女が出来たらいいなって思う?」 「僕も、って?」  他人にも同じようなことを言われたのだろうか。杏さんとか?  森下くんは咄嗟に首を横に振った。 「いや、何でもない。店長のそれ、ブルーベリーソース? こっちの苺ジャムもうまいから、味見してみてよ」  はぐらかされたのがなんとなく気になったけど、タイミングを失ったので訊けなかった。  できれば僕は、君に恋人ができて欲しく無い。  いつか来るその日まで、ただ君のそばにいて君を想うことだけは、許して欲しい。

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