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第42話 電話
その後はバスに乗り、公園の中にある足湯施設で足湯が楽しんだり、また移動して落差15メートルの滝を見に行ったりした。
マイナスイオンがたっぷり出てる。
五感全てで癒された。
「滝って、ずっと見ていられますよね」
「うん。また打たれてみたいなぁ」
「え、滝に?」
「学生の頃やったことあるんだ。寒くて痛くてマジで死ぬかと思ったけど、終わった後は雑念が振り払われて、凄くスッキリした気分だったよ。今度店長も一緒にやろうよ」
「嫌です」
死ぬ死ぬ。
ハッキリ拒否すると、森下くんは「えーっやろうよーっ」と僕にひっついてきたので狼狽した。
「ベタベタくっついて来ないで下さいよっ。周りに変に思われますよっ」
忠告するのに、森下くんは僕から離れようとしないので唇をかんだ。
やっぱり僕をからかっている。わざとベタベタくっついて反応を楽しんでいるんだ。
触れられれば触れられるほど、胸が軋んでいく。そっちは僕のこと、何とも思ってないって再確認させられる。
駅でお酒やおつまみなどを買って旅館に戻ってきた頃には、すっかり日も暮れかけていたが。
何だかんだで、この旅行を楽しめている。
誰かといるよりも一人でいる方が向いていると思い込んでいたけど、一緒に同じ何かを見て、感情を共有して分かち合うのって、鼻歌を歌いたくなるくらいに楽しい。
窓際の椅子でくつろいで喋っていたら、森下くんのスマホの着信音が鳴った。
見るつもりはなかったけど、テーブルにあったスマホの画面の文字を、つい見てしまった。
遠慮しているのか、森下くんは電話に出ようとしない。
「彼女さんからの電話、出なくていいんですか」
「『森下 蕗子 』のどこが彼女だよ! 母親だよ母親っ」
吹き出して立ち上がり、襖の向こうへ行ってしまった。
母親は蕗子というのか。僕の母親は咲子 と言うのでちょっと似ているな。
まぁ僕のところは、母から連絡が来ることなんてないんだけれど。
戻ってきた森下くんは、どこか浮かない表情をしていた。
「大丈夫ですか?」
「うん。どうでもいいことなんだけどさー」
あまりいい話ではないのかな。
どうでも良かったら、わざわざ電話などしてこないだろう。
家庭の事情には突っ込みづらいので、「そうですか」と言って外の風景を眺めた。
森下くんは頬杖を付き、こちらに暖かい目を向けてくる。
「やっぱり店長って優しくて気遣いのできる人だよね。気になるくせに深く訊いてこない」
「喋りたければ喋ればいいし、森下くんの好きにしたらいいと思います」
「はは。話す話す。隠すことのほどでもないし」
澄ました顔をしつつも、本当はものっすごく気になっていたのがバレたのか、森下くんに笑われた。
「本当はさ、この夏休み中に実家に帰るようにって、母親にずっと言われてたんだよね」
「えっ?」
「でも面倒だから、こうして店長と旅行に来てる訳だけど」
「ど、どうして!」
「趣味が合いそうな人を紹介するって言われて。昔で言う、お見合いみたいなもの。母親は六十過ぎてるからさ、こう……俺にそろそろとか思ってるみたいで……俺はそんな気は無いって言ってるのにさ」
なるほど。カフェで言っていた『自分に彼女が出来たら嬉しいか』という話は、母親のことが関係していたのか。
森下くんは長男だし、ましてやこんなに美形なのだから期待されてしまうのは無理もない。森下くんもいい歳だし、周りは結婚ラッシュだ。
きっと杏さんだって、森下くんがそんな当たり前な幸せを送ってくれることを願っているんだろう。
「行けば良かったのに。せっかくお母様が計画を立ててくれたんでしょう?」
「俺がそんな気ないのに行っても相手に失礼でしょ」
まぁ、それもそうだ。結果は目に見えているし、相手を傷付けるだろう。
「でも、せっかくのチャンスなのに。まずはお話しして、とりあえずお付き合いしてみるとか……」
「そっか。店長は『とりあえずお付き合い派』なんだね?」
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