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第43話 一緒にお風呂
何気なく言った言葉をそうやって拾われて、少し動揺する。慌てて言い直した。
「そういう考えも世の中にはあるんじゃないかと思って」
「でもさ、恋人とかって、無理して作ろうとするものじゃないでしょ。それにさ、今気になる人がいるから」
じ、と見つめられて、僕は目を白黒させる。
「何言ってるんですか」
「さっきから言ってるじゃん。店長とだったら付き合ってもいいかなって思ってるって」
「人をあんまりおちょくってると、僕だって怒る時は怒りますよっ」
「だから本当だってー。あぁでも、店長は俺みたいなのはタイプじゃないからなぁ。儚い片思いなんだけど」
僕ははぁーっと長いため息を吐いて、席を立った。眼鏡を指で押し上げ、荷物をゴソゴソと漁って風呂場へ向かう準備をする。
森下くんも席を立ち、畳の上に胡座をかいた。
「行く? 温泉」
顔を覗き込まれ、肩がビクッと竦んでしまった。
さっきの話はもう終わりでいいのかな?
というか、また新たな壁が立ちはだかる。
一緒に、温泉……。
「……あ、店長。もしかして、裸になるのが恥ずかしいの?」
たらたらと冷や汗をかく。表情は全く変えていないけど、顔に熱が集まっているのは感じる。
「いえ、そんな訳ないでしょう」
そうだ、よく考えたらそんなに緊張することはない。
他にも大勢宿泊客はいるのだ。風呂場でずっと森下くんの隣にいなくたっていいのだし、適当に逆上せたとか言って、すぐに上がってしまえばいい。
すると僕の手を、森下くんは急に掴んで、こちらを気遣うような目を向けてきた。
あ、察してくれたのかな。
『恥ずかしかったら、別々に入りにいこう』と提案でもしてくれるかな。
……という淡い期待は、見事に外れて。
「大丈夫だよ。俺以外は見ないから」
「……」
「予約しておいたんだ、貸し切り風呂。だからそんなに恥ずかしがんなくても大丈夫だよ?」
あー、はいはい。
貸し切りね。貸し切り……。
……この人は本当に、空気を読むのが下手だなぁ。
「ほら、これ店長の分の浴衣。行こう!」
浴衣のたてかん柄がゆらゆらと揺らめいて見えた。
杏さんを見て逃げ出した時のように、腹痛を訴えようかとも思ったけれど。旅先に逃げ場などどこにもなかった。
右手と右足を一緒に出しちゃうみたいな緊張感で、仕方なしに一緒に風呂場へ向かうこととなった。
これから三十分間、その風呂場は僕らだけの空間らしい。
中に入るとこぢんまりとしていて、本当に誰もいなかった。
「中どんなんだろうねー。楽しみー」
森下くんはカゴを引き寄せて、早速衣類を脱ぎ始めた。
あっという間に上半身裸になられて、ついじっと魅入ってしまった。
予想ではもっと細いと思い込んでいたのに、思いの外筋肉はしっかりとついていて、がっちりとしていた。
食べてもあんまり太れないらしく、それが悩みだと前に話していたことがあったけど。細すぎず太すぎず丁度良い。強靭な体……とまではいかないが、腹部だってしっかり引き締まっているではないか。
「そんなに見てると、店長のもガン見しちゃうよ?」
あっとなって森下くんに背を向けて顔を手で覆った。
今見ていた箇所は、胸の2つの突起だった。
エロティック。いやらしい。
やっぱり無理だ…2人きりで入るだなんて。
やっぱりここは、体調不良を装って部屋に戻ってしまおう。
ブツブツ呟きながら振り返ると、そこに彼の姿はなく、浴場から顔を覗かせていた。
「中、結構広いよー。店長も早くおいで」
ガラガラ、と引き戸を閉められて、あぁーと頭を抱えた。
幸い、彼の下を直視することは回避できたけれど、興奮が冷めやまない。今お湯に浸かったら貧血で倒れてしまいそうだ。
とにかく一旦落ち着いて、いそいそと服を脱いだ。
(……こんなに胸をバクバク言わせて。僕って本当に森下くんのことが好きなんだなぁ……)
瞼を伏せながらそんなことを再認識し、僕は彼の待つ風呂場へと足を踏み入れた。
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