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第60話 お風呂場で*
僕はこんなにも、流されやすいタイプだったのか……。
椅子に座る彼の背中をボディータオルでゴシゴシとこすりながら自嘲した。
「背中を人に洗ってもらうのって何年ぶりだろ~。気持ちいいねー」
森下くんは僕の気持ちなんて露知らず、くすぐったそうに肩を丸めて笑っている。
お願いされると拒めない。
嫌と言ってもうまく丸め込んでくる。
僕の取り扱いに慣れたのか、森下くんは図々しくなってきた。
湯の温度が高いのか、湯気が立ち込めているのがせめてもの救いだが、彼の肌の質感をいやでも感じてしまう。
広い背中を視野に入れないようにしながら、ひたすら俯いて手を上下させた。
泡だらけになった背中にシャワーの湯をあて綺麗に流し終えると、今度は森下くんが僕の背中を洗うと言う。
嫌と言っても聞かないだろうから、大人しく背中を向けることにした。
タイルに直に膝を付き、俯く。
背後で、森下くんがタオルにトロッとした液体を追加して手で泡立てている音がした。
ジュ、ジュと泡が弾ける淡い音が鳴って、僕は視線をどこに向けたらいいのか分からない。
少しずつ。確実に。熱を帯びていく。
森下くんは今一体、どういう感情を抱いているんだろうか。
濡れた髪から一筋、首筋を雫が伝ったのと同時に、僕の背中が柔らかい泡で包み込まれた。
タオル生地は触れず、泡だけで表面だけをなぞるみたいに繊細に優しく上下されると、あの時の感情が蘇ってくる。
あの時もこんな風に、僕に優しく触れていた。
「──……」
僕は唇を思い切りぎゅっと結んだ。
顔が見られていなくて良かった。今僕は、眉尻下げて目を閉じ、もっと触ってほしいという欲望を表に出さないように堪えるのに必死な顔をしている。
「店長って肌白いよね。肌焼けると赤くなるタイプ?」
「あっ……はい。海もプールも苦手なので、滅多に日焼けなんてしないんですけど」
森下くんは極普通の明るい声で尋ねたので、僕も努めて明るい声を出した。
まずい。ドキドキが抑えられない。
こんな風になってるだなんて知られたくない。
「へぇ。泳げないの? あ、やっぱり裸になるのが恥ずかしい?」
「いえ、子供の頃はスイミングに通ってたし、裸になるのが嫌な訳ではないですけど……そういう場所って、いつも人が沢山じゃないですか。だから落ち着けないというか」
「夜の海だったら静かだし、星も沢山見えて綺麗だよ。今度行ってみようよ。またレンタカー借りて運転するからさ」
左側から顔を覗き込まれて、反射的に逃げるように体を引いた。
森下くんは一瞬キョトンとした後、より距離を詰めて来たのでもう一度逃げる。
すぐに右肘が、壁にぶつかってしまった。
身動きが取れずにじっとしていれば、僕の背中についたままの泡が、重力でゆっくりと下へ下へと降りていく。
「面白い。なんか磁石みたいに逃げるんだね」
「面白くなんか……──」
泡だらけの森下くんの手が背中に回され、もう片方で顎を摘まれて、ちゅっと口付けられた。
「今のは、逃げられなかったね」
もう一度軽くキスをされ、なされるがままになっていると、今度は大きな掌で後頭部を包み込まれた。より深く潜り込ませてくる舌を、僕も舌で追いかける。
「……ん、ん」
浴室内はベルガモットの香りで満たされていた。
柑橘系の爽やかな香りとは裏腹に、僕らのキスは濃く深く粘着質なものに変わっていく。
(あ……どうしよう……)
床に正座する体勢になっていた僕の体の中心には、申し訳程度に小さなタオルが一枚乗っているだけなので心許ない。
性器は辛うじて隠されてはいるが、形を変え始めてしまったせいでタオルがずれそうになっている。
そこがジンジンと疼いて、痛い。
手をどこにやったらいいのか分からず、僕はキスを受けながら震える両手で拳を作った。
背中も、森下くんの手も泡がついていてぬるぬるしている。
早く洗い流したい願望を抱いていると、キスをれている最中に森下くんの手が背中側から前に回されて、僕の右胸の突起に触れた。
「……んん!」
ゾクゾクと身体中に電流が走る。
泡で滑りが良くなった指先と予測不可能な動きが、僕に羞恥心をどんどん与えていった。
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