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第63話 深い瞳

 翌週。  乃蒼さんは早番で僕は中番だったけれど、他のスタッフに断って一緒に休憩に出ることにした。  リクエストがあれば従おうと思ったがどこでもいいと言うので、ではパスタ屋で、ということになった。 「私は毎日お弁当なので、外食するのは久々です」 「偉いね。自分で作ってるの?」 「まさか。未だに親に頼ってばかりですよ」 「まぁ、頼れるうちはどんどん頼っていいと思うよ」  適当な会話をしながら店に入り、店員に案内され着席した。ソワソワしながらキッチンの奥を覗くが、森下くんの姿は見えない。  もしかしたら今日、休みなのかもしれない。わざわざ行くことを連絡するのも変だと思い、こっちからは何も伝えていない。  いなくてホッとするような、少し残念な気持ちのような。 「あぁ、どれも美味しそうですね~。こんなに沢山あると迷っちゃいます」  乃蒼さんはメニュー表とにらめっこしながら散々迷った挙句、結局は僕と同じたらこパスタのセットにした。  待っている間に、色んなことを教えてもらった。  今ハマっているアプリや、大学時代の思い出。この仕事を選んだ理由。  映画が好きで、休みの日は一人でもよく観に行っているとのこと。 「僕も映画は好きだよ。映画館へ行くことは滅多にないけど、レンタルして観たり……」  そういえば映画館へは、春に森下くんと行ったっきりだ。最近、彼の好きそうな映画が始まったので、また誘ってみるのもありなのかなと妄想していたら、頼んでいたものが運ばれてきた。  テーブルに皿を置いた人物は、今まさに思い描いていた人物でちょっと狼狽した。 「店長ー、最近連絡しなくてごめんね。一人急に辞めちゃったから、忙しくなっちゃって」  メニュー名も告げずにしゅんとされた。  いないと思っていたが、僕がうまく見つけられなかっただけか。  そんな風に謝られたら、僕らの変な関係がバレてしまうんじゃないかと内心ヒヤヒヤしたが、何でもないように笑う。   「いえ、大丈夫です」 「もう落ち着いては来たんだけどさ……あ、お待たせしました。新しく入って来た子かな?」  森下くんはニコーっとして、乃蒼さんの顔を見ながら皿を置いた。  彼と目があった瞬間の乃蒼さんの表情は、まさに尊いものを見つけたというような顔。  その瞳の色を僕は知っている。この人のことを知りたいという好奇心。  人の第一印象は最初の3秒で決まると言われているけど、彼女に取って彼は大変好印象だったようだ。 「はい。この間異動してきました、鈴木と言います」 「あ、そうなんだ。俺は森下と言います。店長とは仲良くしてて、たまに飲んだりしてるんだー。ね」  僕はメガネの縁を指で持ち上げ、視線を逸らす。  だからその含み笑いと、わざと僕を試すような言い方はやめろ。  乃蒼さんは僕達のやり取りを見ながら「へぇー」と目を細めた。 「羨ましいです! このSCに来てから、他店舗のスタッフさんとまだあんまり喋れていなくて。そんな風に仲良くしてくれる人、私も欲しいなぁ」 「じゃあ、今日から俺と仲良くしようよ」  彼の口から何気なく出てきた言葉に、ハッとした。  一瞬動揺してしまったこの気持ち。    乃蒼さんがまた嬉しそうに「是非!」と頷くと、森下くんは僕にもう一度目配せをしてその場を離れた。 「わー美味しそう。写真で見るよりも量が多い気がします」  乃蒼さんはパスタを見ながら明るく言うけど、僕は気付いていた。  彼女は僕と同じように、森下くんに一瞬で恋をした。  そして、その恋はきちんと応援してあげないといけないのだと。

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