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第65話 店長の決断②
店から出ると、森下くんは駅の方まで一緒に歩いてくれた。
見送りはいい、と突っぱねられない自分が恥ずかしい。
彼と離れると決意できたと思っていたのに、こういう態度が本能では納得していないことが分かる。
隣を歩く彼の手に、ふと指先が触れてしまった。
手を引っ込めると、その手をきゅっと握られてしまって焦った。
「何してるんですか」
指を絡められながら、穴があきそうなほど見つめられて、羞恥と高揚感が体を駆け巡った。
いつもいけないことを始める際の、彼のその熱っぽい眼差し。
こんなところでダメです……と押しのけようとしたのと、唇をすばやく奪われたのはほぼ同時だった。
顔が離れていって、森下くんの悪戯っこの笑みを見て泣きそうになった。
僕はこれから、大好きな君を騙そうとしているのに。
幸い、僕らの他に人はいなかった。
それに気付いていたから、この人もこんな大胆なことができたのだろうけど。
僕はいつもみたいに「こんな場所で、何してるんですか」と怒ったフリをした後に、さりげなく切り出した。
「今度、一緒に映画に行きたいんですけど」
森下くんが、ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「うん。いいよ、行こう。またそうやって誘ってくれるなんて初めてだね」
「そうでしたっけ?」
「店長のとぼけ方、わざとらしくて好き」
そのままお互いスマホを取り出し、約束を取り付けた。
カレンダーアプリでシフトを確認し合い、都合の良い日にちを決めてスマホをしまう。
信号が赤になり、立ち止まったのをきっかけに「ここでいいですよ」と伝えた。
森下くんとこうして歩くことは、もうないのかもしれないなと思いながら、信号が青になった時に彼に手を振った。
「じゃあ、また」
森下くんはなんて返してくれたのかは車の排気音で聞き取れなかったけど、僕はひとりで歩き出した。
さっきスマホで確認したのは、僕のシフトじゃなく、乃蒼さんのシフトだ。
僕はその日、彼との映画には行かないつもり。
夜の風が頬を掠めて、身震いをした。
そろそろ冬が来ようとしていた。
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