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第69話 何処に帰る?

 良くなった気がしたのは目が覚めてすぐの時だけだったらしい。  店に戻ってきた僕はさらに頭を抱えていた。  倒れるほど重症ではないが、今すぐ布団に入って眠りたい。  とにかくあと少し、もう少しだと自分に言いきかせてやり過ごした。  クリスマスが関係しているのかは分からないが、閉店三十分前からは客はほとんど見られなくなったのも不幸中の幸いだった。  どうにか気合いで閉店作業をし、レジ締めをした。  一円の狂いもないことを確認して店を出る。    アルバイトさんたちを見送った後で、いつものベンチに座りこんで考えた。  これからバスと電車に乗って帰れる気がしない。  悩んでいた。  ここからタクシーに乗ってしまおうか。  いくらくらい、掛かるだろう。  きっと三千円程度では済まない。  金に困っているわけではないが、少し惜しくなってしまい、なかなか決断できずに悶々とした。    彼の家だったら、すぐそこなのにな……と甘えた考えの自分が出てきてしまい、慌ててそれを消し払った。  ダメだ。こんなことしか考えられないんだったら、もうタクシーを使おう。  立ち上がって歩き出そうとした時、ぐらっと体が傾いた。  咄嗟に僕の腕を持ってくれた人は、通りかかった大沢店長だった。 「ちょっと、青山店長、大丈夫ですか?」 「あ、大沢、さん……」 「具合悪いんですか? 一旦座ってください」  歩き出そうとしたのに座らされてしまい、何か言おうにも言葉がうまく出てこなかった。  大沢店長も、僕の体を支えるように隣に座った。 「顔赤いですよ。熱があるんじゃないですか?」 「あぁ、そうかもしれないです」 「そんな状態で仕事していたんですか? 無理してするもんじゃないですよ」 「いえ、けど……」  僕しかレジ締めをできる人がいなくて、と説明するのも面倒になってしまい、「すみません」と謝って笑った。 「もう帰って寝るだけなので、大丈夫ですよ。お気遣い、ありがとうございます」 「そう。家はこの近く?」 「いえ、ちょっと距離があるので、今日はタクシーを使おうと」 「え、タクシー?」  住んでいる場所を伝えると、大沢店長は目を丸くして首を横に振った。 「お金も時間もかかっちゃうじゃないですか。それだったら、俺の家に来ませんか?」 「え?」 「車で通勤しているんですけど、ここから二十分くらいの距離なんです」 「いえ、でもそんな……」 「一人暮らしで、部屋は一応綺麗にしているつもりですよ。家に着いたらすぐに寝ていいし、青山さんも家に帰るよりも、その方が楽なんじゃないですか? もちろん、金なんて取りませんし」  思ってもなかった提案をされて、気持ちがぐらつく。  大沢店長は完全に親切心から言ってくれているし、正直すぐに寝床につけるのはありがたいと思ってしまった。  申し訳ないと思いつつも、気持ちは大沢店長の車に乗る方向に傾いていた。 「青山さんは、明日も仕事?」 「あ、明日は休みで……」 「そう。ならいいじゃないですか。俺も明日ないので、回復するまで寝ていていいですよ」 「……い、いいんですか?」 「病人なんだから、こういう時は素直に甘えたらいいんですよ」  大沢店長に引っ張られて立ち上がり、守衛さんに従業員証を見せて、いつもとは逆方向に出た。駐車場に向かっている最中も、大沢店長は僕の肩に手をまわし、よろよろと歩く僕の体を支えてくれていた。    吐き出す息が白い。  体温は高いのに、体の芯からぞくぞくと寒気がわいてきて、ぶるっと身震いしてしまった。 「寒いですか? あれがうちの車だから、それまで頑張って」  広い駐車場にポツンと停まる車が見えた。  大沢店長には申し訳ないが、車に乗ったら横にならせてもらおう。  もう動かなくていいのだとホッと一息吐いた途端、大沢店長の手が僕から離れていったので転びそうになってしまった。  僕は足を踏ん張って堪える。  急にどうしたのだろうとこの目で確認する間もなく、硬い声が頭上から振ってきた。 「──店長は、俺と帰りますから!」

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