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第68話 言わない優しさ
年末に向かうにつれ、疲れはどんどん蓄積されていき、一度風邪を引くとなかなか治らなくなってしまった。
そして12月25日。
今日はクリスマスなので、家族連れやカップルが浮き足立ってSC内を闊歩している。
そんな煌めいた人たちを見ながら穏やかにはなれなかった。僕の体調は、今までにないくらいに悪化していたのだ。
(まずい……頭がぼーっとする……)
服を畳みながら、目の前がぐらぐらと揺れているのを認識する。
朝は少しダルいくらいで済んでいたので、薬を飲み出勤し、日中はそれなりに動けたはずなのに。
時計を見ると、まだ夜の七時。仕事が終わるまでにあと二時間半ある。
こんな時に限って、レジの締め作業ができる八代くんはお休みだし、乃蒼さんも早番だったので上がらせてしまった。
今更早退するわけにも行かない。
ここは気をしっかり持って、どうにか乗り越えるしかない。
少しでもマシになればと、バックヤードで水を飲もうと自分のバッグを開けると、入れていたペットボトルの中身は空だった。
あぁそういえば、喉が乾いてしまってさっき一気飲みしてしまったのだった。
仕方なしにアルバイトさんの一人に声をかけ、15分だけ休んできてもいいかと尋ねた。
アルバイトさんは心配そうに僕を見つめた。
「15分といわず、ちゃんと休んできてください。今から乃蒼さんに戻ってきてもらうのは難しいですか?」
「いや、そこまでじゃないから。ごめん、ちょっとだけ抜けるね」
今更戻ってきてもらうのも申し訳ないので、僕は気合いで乗り切ることにした。
休憩室に入るなり、自販機で急いでミネラルウォーターのペッドボトルを買い、風邪薬を口に放りなげて飲み込んで、空いていた席に座るなり机の上に突っ伏した。
体の中から毒素が抜けていく妄想をする。
はぁっと息を吐き出すと、自分の熱い息が顔にかかる。
もしかしたら、熱もあるのかもしれない。
でもどうにか、この15分でマシなところまで持っていくんだ。
その時、僕の背後に誰かが立っている気配があった。
だが僕は起き上がる気力もなく、そのまま突っ伏していた。
その後、僕の肘に何かがあたった感覚。
ごと、と机が鈍い音を立てたので、何かが置かれたんだろうと予測を立てた。
もしかして、隣に誰かが座って荷物を置いたのかもしれない。
こんなふうに突っ伏していて、邪魔だろうか。
けれど今は気遣いをできるような状態ではなかった。
相手から何か言われたら退けばいい。
そんなふうにぐるぐるとしている間にどうやら眠っていたらしく、スマホのアラームで目が覚めた。
きっかり15分。
顔を上げて首を回してみる。
うん、気の持ちようかもしれないが、ここに来る前よりも随分と楽になった気がする。
ふと視線を横にずらすと、キャップの空いていない、ペットボトルのアイスティーが置いてあるのに気がついた。
それを手に取って辺りを見渡してみるが、僕の近くに座っている従業員は誰もいない。
誰かの忘れ物ではなく、故意に置かれたものだと気付くのに時間がかかってしまった。
そしてこれを置いた人物が、誰なのかも。
喫煙所を覗いてみたが、誰もいなかった。
胸がぎゅっとなって、気付いたら滲んでいた涙を、メガネを持ち上げてゴシゴシ拭いた。
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