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第1話

 部屋の前で、なにやらちから仕事があるからと紅鳶(べにとび)に呼び出された怪士(あやかし)と別れ、アザミは相談室のドアを押し開けた。  すると靴脱ぎ場に、丸下駄が二足、下駄よりもサイズの小さな靴が一足、きちんと揃えて置かれているのが見えた。  来客か、とアザミはカラリと下駄から足を引き抜き、部屋へと上がった。  アザミは『般若(はんにゃ)』として、しずい邸の男娼の相談役をしている。  否、厳密には雑用だ。あの老獪(ろうかい)な楼主にだいぶこきつかわれている。  アザミは能面の中で嘆息を零して、談話スペースとして使っている部屋のドアを開いた。  そこには、ソファではなく、絨毯の上に正座をしている人影が三つ。  左から、マツバツバキ、アオキ、そして、(あずさ)……。  アザミは般若の能面の下で眉を(ひそ)めた。珍しい面子(メンツ)である。  アザミが戻ったことに気付いたマツバが体ごと振り返り、その可愛い顔に笑みを浮かべた。 「あっ、お帰りなさいませ」  マツバが頭を下げると、マツバにつられたように梓がひょこんとお辞儀をする。梓は男娼ではないので、身のこなしがイマイチだ。もう少し背筋を伸ばしたら、もっときれいなお辞儀になるのに、とアザミは無意識に考え……完全に余計なお世話だとその思考を振り払った。  ひとり曖昧な態度を見せているのはアオキだ。しょっちゅう相談室(ここ)を訪れているマツバや、『般若』の仕事の手伝いをすることがある梓はともかく、このアオキがここにいる意味がよくわからない。アオキはすでに男娼という立場ではないからだ。  人気男娼だった彼は年季を勤め上げ、いまは……これを知っている人間は限られているけれど……時期楼主候補の紅鳶のパートナーとして、ゆうずい邸の敷地で、紅鳶とともに暮らしている。   「お、大勢で押しかけてすみません」  マツバがそう言って、また頭を下げた。さらりと癖のない長い髪を揺らしたマツバの後頭部を、アザミは軽く叩いてから、自身の指定席であるソファへと座り、正座をしている面々を見下ろした。 「それで、なんの用だい?」  アザミが口を開くと、アオキがハッとしたように目を丸くした。 「その声……本当に、アザミさんだ……」  アオキの薄い唇から、ポツリと呟きが漏れる。  アザミは般若の面越しに、じろりとマツバを睨んだ。 「おまえ、しゃべったね?」 「ち、違いますっ」  マツバがぶんぶんと首を振る。  そこに梓が割って入り、 「ぼ、僕のせいなんですっ」  と叫んだ。 「す、すみません……。僕が、うっかり、アザミさんの名前を出してしまって……」  梓がしおしおと項垂れた。  なるほど、梓ならばアオキと接点があってもおかしくない。この梓も、ゆうずい邸で暮らしているからである。彼はちょっとしたで、身の安全のために淫花廓の敷地から出ることができないため、漆黒という男娼の部屋に住んでいるのだった。 「梓……おまえへのお仕置きは後でするとして……」  アザミは三人の顔を順に見渡し、改めて尋ねた。 「それで、僕になんの用があるって?」

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