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第2話

 アザミの問いかけに、アオキが突如として頭を下げた。 「オレに、アザミさんのテクニックを教えてくださいっ」     そのあまりの勢いに、アザミが呆気にとられていると、なぜだか梓も頭を下げてきた。 「ぼ、僕も知りたいですっ」  犬のような黒い瞳が、うるうるとアザミを映している。  まさかと思ってマツバに視線を向けると、そこでは彼も深々とひたいを絨毯にこすりつけているではないか。 「僕にも教えてくださいっ」 「ちょ……、ちょっと待ちなって」  アザミは両てのひらを彼らへと向けてどうどうと落ち着かせる動きをする。そして、ついでに能面を外した。どうせもう正体はバレているのだから(そもそもマツバと梓は知っている)、着けている意味がない。  アザミは面を取り払った素顔でアオキと目を合わせ、首を傾げた。 「そもそもアオキ。おまえはついこの間までは売れっ()だったじゃないか。テクニックなら、充分だろう?」 「違うんです」  アオキが正座の膝をずいと近付けて、身を乗り出した。  どうでもいいが、そろそろソファに座ってほしい。アザミだけが悠々とやわらかなソファに腰をかけ、他の三人がアザミを崇めるように正座をしてこちらを見上げてくる図は、傍から見たら奇妙な光景だろう。  取り敢えずソファに、とアザミが促す前に、アオキが真剣な面持ちで言葉を続けた。 「オレが知りたいのは、その……飽きられないようにする、テクニックで……」 「は?」 「べ、紅鳶さまと……ま、毎日のようにその……あ、アレを、しているので……」  羞恥にじわりと頬を赤らめたアオキを見て、アザミはふふんと笑った。  なるほど、相談の内容はわかった。  そして、アオキのみならず、梓やマツバまでもが必死な顔をしているわけも。  アオキは紅鳶。梓は漆黒。そしてマツバは……西園寺という本命がそれぞれ居るのだ。  パートナーに飽きられないようなテクニック……それはぜひ知りたいところだろう。  だがしかし、アザミに教えを請うたところで、アザミだってそんなものは知らない。  なぜならアザミも、決まった相手ができたのは怪士(あやかし)が初めてなのだから……。  しかしそんな内心はおくびにも出さず、アザミは微笑んだ。  意地悪ですね、と怪士に言われたことがある程度には、アザミはひとが悪い。  出来上がったカップルに波風を立てるのも面白いだろう。 「ふふ……話はわかったけれど……僕でちからになれるかはわからないよ」 「で、ですがアザミさんは、オレたちの目標でしたから」 「おやおや。おまえだって元一番手なのに、謙虚なことだね」  アザミは顎に指先を当てて、一拍、考え込む間を挟む。  それからマツバへと向けて、ひらりと手を振った。 「マツバ。お茶を淹れてくれるかい? 向こうに一式揃っているから」 「は、はいっ」  突然の指名に、マツバが背筋を伸ばして返事をした。  そして、さすがの身のこなしですらりと立ち上がり、着物の裾を整えてから部屋の奥のミニキッチンへと早足で向かった。  その背を見送ってから、アザミはアオキを指で招く。  アオキがさらににじり寄ってきた。  アザミは身を屈め、傍らまで来たアオキの、その整った顔に手を伸ばす。  きれいなラインを描く頬を、つーっと指の腹で辿り、「いいかい」と囁いた。

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