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第3話
「いいかい、一番の敵は、マンネリだよ」
「え……」
「マンネリってなんですか?」
アオキに倣ってこちらを見上げていた梓が、ことんと小首を傾げる。
子どもに聞かせる話でもなかったが、ゆうずい邸の男娼を相手にしているのだから、すでに体は成熟しているはずだ。アザミは口元のホクロをくすりと歪めた。
「マンネリズム……つまり、新鮮味がないってことだよ。梓、おまえはあの男にとっては可愛い盛りだろうから大丈夫だろうけど……アオキの相手はあの紅鳶だからね。大抵のプレイはこなしてきただろうし……」
「そうなんです! オレで満足いただけているのか……それも自信がなくて」
「そ、それなら僕だって……漆黒さんは大人だから……ぼ、僕は……」
梓の黒い瞳が揺れた。しんみりしそうになった空気を、アザミは強引に振り払うべく、梓を手招いた。
梓が立ち上がり、アザミのすぐ脇に立つ。その細い腰に手を回して、アザミは梓の体を引き寄せた。
「わっ」
梓が慌てたように足を踏ん張ろうとしたが、アザミの引くちからのほうが強い。
梓はアザミの膝の上にどさっと座り込む形となった。
「す、すみませんっ」
「そのままでいておいで」
アザミは梓の耳元に唇を近付け、そこで囁く。梓の耳朶がぼぼっと赤く染まった。
膝の上の体をバックハグする形で、アザミは梓の体の前に手を回した。
梓の服の、襟元についていた青いリボンをしゅるりとほどく。
「あ、アザミさんっ」
梓が狼狽した声を上げた。
それを黙殺して、アザミは梓の服から取り外したそのリボンを、アオキの目の前で振った。
「いいかい、たまにはおまえが主導権を握るんだよ、アオキ」
「お、オレが……紅鳶さまを相手に、ですか?」
できる気がしない、と言わんばかりのアオキを、アザミが甘く睨む。
「寝っ転がって抱かれるばかりじゃあ、すぐに飽きられるよ。こんな細いリボンでだって……梓、後ろで手を組んでごらん」
「え? は、はい……」
梓がきょとんとした表情で、それでもアザミの言葉通りに背に両手を回した。
アザミは、自分の腹部と梓の背の間に入ってきたその手へと、手早くリボンを巻き付ける。
「あ、アザミさんっ?」
なにをされたのか梓が把握するよりも早く、梓の左右の親指同士がリボンでひとつに固定されてしまっていた。
思わず顔を振り向けた梓は、ドキっと凍り付いてしまう。
アザミの麗しい顔が思いの他近くにあって驚いたのだ。
アザミが凄艶な流し目で梓を見つめてくるのに、心臓がことことと騒いだ。その黒い着物をまとう首筋からは、なんだかいい匂いが漂ってくる。
梓はどぎまぎと目を逸らして、顔を元の位置へと戻した。
「梓。ほどこうとしてごらん」
甘い声で囁かれ、梓はぎくしゃくと腕を動かした。しかし、親指を繋いだリボンはほどけない。他の指は自由なのだから、もっと簡単にほどけると思ったけれど……どう頑張っても手が動かないのだった。
「む、無理です……」
「ふふ……。ご覧のとおりだよ。使いようによっては、こんなリボンでだっておまえは紅鳶の自由を奪える。そうしたらほら、こんなことだってできるんだよ」
アオキに話しかけながら、アザミの手がするりと動いた。
リボンがなくなったせいで大きく開いた襟ぐりへと、指が侵入してくる。
そして、嫋やかなアザミの指先が、梓の鎖骨を撫で……さらに下の……乳首の方まで伸ばされた。
「ちょっ、あ、アザミさんっ、や、やめ……っ」
つん、と爪先で乳首を突かれる。梓は思わず、ビクっと肩を跳ねさせた。
アオキがわずかに赤くなった頬をごまかすようにこすって、
「わ、わかりました……」
と頷く。
そこへ場の空気とは無縁の暢気な声が割り込んできた。
「お茶が入りました…………って、え、ええっ? どういう状況ですかっ?」
ティーポットとカップ一式、そしてシュガーとミルクの容器を載せたトレイを両手で支えて慎重な足取りで戻って来たマツバが、わかりやすく動揺する。
トレイが傾き、カチャカチャと食器が暴れるのを慌てて整え、マツバが忙しない瞬きを繰り返した。
そのマツバを、眼差しだけで指し示して、アザミがアオキへと言い放った。
「ほら、ちょうどいい練習台が来たよ」
そう声を発しながら、アザミがまた、梓の服からリボンを抜き去る。
「わぁっ」
一番上、二番目、と前を止めていたそれを奪われ、梓のシャツはますますはだけてしまった。
梓は前を抑えようとしたけれど、後ろ手に指を拘束されているためそれはかなわない。
悲鳴を上げた梓には構わず、アザミは抜き取ったリボンを、はらりとアオキの前に垂らした。
「やってみてごらん」
アザミにそそのかされたアオキの喉が、こくりと鳴った……。
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