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まさにそれは、未知との遭遇
「ぁっ! あふっ、あぁん、あっあぁぁ」
恋人の家を訪ねると漏れ聞こえてくる喘ぎ声。
一年前の俺なら、きっと中に入ることを躊躇っていたに違いない。
——ガチャ
「あっあっぁあーッえっ、えっ!?」
俺以外の男に揺さぶられて善がる恋人に。
一年前の俺なら、ショックで崩れ落ちていたかもしれない。
「そっ、惣くん!? あっ、これはっそのっ!! んひゃあっ」
恋人は浮気相手の男がアレを抜き取る時にも感じた声を出した。正直やってられない。
一年前の俺なら、今すぐにでも浮気相手の男を殴り飛ばしていただろう。
でも、何にしても今はその一年前ではない。
俺は額に手を当てて大きく息を吐いた。
今俺を襲っている感情は、恋人に裏切られた事への悲しみでも、恋人に手を出した男への怒りでも何でもなく、まさにそれは疲労感。
「…………また、お前かよ」
「あはは、奇遇ですねぇ」
目の前で悪気も無く美麗な顔で笑うのは、一年前から既に三度。
俺の恋人を寝取った男だった。
◇
結局俺は、その場で殴り飛ばした。浮気相手の男を…ではなく、恋人であった男を。
人の物に手を出す奴は最低だと思うが、それよりも俺は浮気をする奴の方が絶対的に許せない。
世の中には悪趣味な奴はゴロゴロと転がっていて、それこそ人の物だからこそ興味が湧くなんて奴だって居るくらいだ。でもそれは、心から守りたいと思える相手、心から好きだと言える相手が居ない立場だからこそ好き勝手動けるのではないだろうか。
だが、恋人持ちの奴は訳が違う。
特定の相手を“恋人”と受け入れておきながら、その相手を裏切る行為を働いているのだ。
そんなに他で遊びたければ、端から恋人など作らなければ良い。
途中で飽きてしまったのなら、さっさと別れれば良い。
わざわざ裏切り行為を働いて、恋人を繋ぎ止めたまま傷つける必要なんて何処にも無いはずだ。
殴ってやれば恋人は、一瞬ポカンとした後大きく顔を歪ませ、大きな瞳に涙を溜めた。
付き合って数ヶ月、怒ったことなど一度も無く、多少無理な我儘だって受け入れ散々甘やかしてきた。そんな俺が言い訳も聞かず有無を言わさず殴り飛ばしてきたのだから、さぞ驚いたことだろう。
そうして俺の本気が分かると、今度は泣き落としにかかるのだ。
“気の迷い”だとか、“魔が差した”だとか。
顔見知りのようになってしまったあの浮気相手の男に寝取られた、三人の恋人もそうだった。だがそんな事を言ってももう遅い。
俺は一ミリたりとも許す気などないのだから。
許しを請う程俺を想っていたのなら、何故浮気などするのだろうか。それこそが永遠の謎だ…と言いたいところだが、答えは非常に簡単。単に、その浮気相手の男がとてつもなく見目麗しい容姿の持ち主だからだ。
どうせ皆あの男の顔にでも釣られたのだろう。結局人の心などそんなものなのだ。
俺は泣いて縋る恋人だった男を蹴り飛ばし部屋を出た。
「で、なんでお前はついて来るワケ?」
何故か俺が部屋を出るのに合わせて、浮気相手の男も部屋を出た。その上どこまでも歩く俺の後ろをついて来る。
何なんだこいつ。
「ねぇ、」
「あ?」
「何で俺を殴らないんですか?」
男の疑問は当然のものだろう。今回も俺はこいつに怒りをぶつけていない。因みに前回も、前々回も、ぶつけていない。
今回含めてこいつに恋人を寝取られたのは四人目だが、後にも先にもこいつに怒ったのは一番初めの時だけだ。正直あの時の事は今でも思い出したくない。
怒って、取り乱して、泣きながらこいつを殴って、恋人に泣きながら止められて…あぁ、恥ずかしい。
二度目に遭遇した時は何ていうか驚きの方が強くて、気が付いたら恋人を殴っていた。
そして三度目の遭遇ではもう驚きすら無くなって、男に対しては呆れた思いしか湧いてこなかった。その時も恋人は殴ったが。
こんなに何度も浮気相手として遭遇するって、一体どんな確率だよ。相当な数遊んでいるのだろうと思うと本当に呆れてものが言えない。
「呆れて言葉も出ないだけだ」
「ふぅん?」
何故か嬉しそうに笑う男。
「お前どんだけ遊んでる訳? これだけ遭遇するって、偶然にも程があるぞ」
俺が男にしかめっ面を向けていうと、男は足を止めて真剣な面持ちでこう言った。
「偶然じゃない、って言ったらどうします?」
「……は?」
「俺はアンタの事が好きなんだ、って言ったら?」
――——は?
そう、
まさにそれは
未知との遭遇――――
END
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