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プロローグ

 晴樹(はるき)が目を覚ますと、恭祐(きょうすけ)の姿はすでになかった。  部屋は白々として明るく、カーテンの向こうからは眩しいばかりの陽光が差し込んできていた。  高い天井では、シーリングファンが回っている。  晴樹はベッドから抜け出し、髪を手櫛で整えながら、レースのカーテンを開いた。  眼下には、白い砂浜と青い海。  晴樹は目を細めて、そのすばらしい景色を堪能した。  芦屋夫夫(あしやふうふ)はいま、ビーチリゾートに来ている。  夫である恭祐の会社は、社員それぞれに1週間の夏季休暇をくれるのだ。  恭祐はそれに有休をくっつけて、晴樹と二人、2週間のバケーションを堪能するべく、飛行機や宿泊先などの手配をしてくれたのだった。    ショッピングやマリンアクティビティは、最初の1週間ですでに満喫した。  後は日頃の疲れを癒すため、のんびりと怠惰を貪ろう、と夫は言っていたが……。  南の島は、時間の流れがゆっくりに思えて……ほんの少しの退屈を、晴樹は感じていた。  しかし、夫は普段企業戦士として朝から晩まで働いてくれている。  専業主夫の晴樹などにはわからない大変さもあるはずで、その恭祐がゆっくりしたいと言うならば、晴樹は我儘など言わずに従うべきであった。  晴樹は夫を愛しているし、夫に尽くすのが妻たる自分の喜びなのである。  晴樹はキラキラと光を弾く波打ち際を、細めた目で眺めた。  ビーチでは宿泊客が思い思いに遊んだりくつろいだりしている。  晴樹たちが泊まっているこのホテルは、大人のための隠れ家をコンセプトとしており、こぢんまりとした佇まいながらもプライベートビーチを備えていた。  ファミリー向けではないため、子どもの姿もない。  いまも砂浜では大人の男女がビーチチェアに寝そべり、優雅にリゾート気分を味わっている。  晴樹はそのリクライニングのひとつに、夫の姿を見つけた。  パーカーにハーフパンツ、というラフな服装で、サングラスで目元を覆っている恭祐は、遠目にも恰好良かった。  ビーチに行くなら声をかけてくれれば良かったのに、と思いつつ、晴樹は自分も外へ出る準備をしようと窓辺を離れ……ふと、ソファの上に置かれている服に気付いた。  きちんとたたまれているのは、晴樹のパーカーだ。  紫色のそれを手に取って持ち上げると、その下にはもうひとつ……。  晴樹はしばらく、『それ』を凝視した。  これみよがしにここに置かれているということは、これを着て、ビーチまで来いという恭祐の意図を表しているのだろう。  おまけに『それ』の横には、てのひらサイズの長方形の箱まである。  これも、中身を使えということだと、晴樹は理解した。   晴樹の喉が、ごくりと鳴る。  自分が『これ』を着て、ビーチへ行き……この箱の中のモノを使うのだ……。  想像するだけで、股間がじわりと濡れるようで……晴樹は熱っぽい吐息を漏らした。      先ほどまで感じていた退屈が、あっという間に吹き飛んでゆく。    晴樹は準備をするべく、『それ』を手にシャワーブースへと入ったのだった。    

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