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終
「亮平は」
畑へ連れ出されていた秀一が、雪崩れ込むようにして縁側に倒れ込んだ。祖母は既に夕食の準備に取り掛かっている。
「二階で寝てるよ」
開いた本から目を離す事なく答える庚に、秀一は履いていたスニーカーを脱ぎ捨て大広間へ飛び込んだ。
未だ乾き切らない何かが染み込んだ痕の残る畳を見て、チッと舌打ちをする。
「お前…まだあの悪趣味なことしてんのか」
苦々しい顔をして振り向いた秀一に、庚が喉を震わせた。
「悪趣味ね。まぁ、確かに趣味は良くないかも」
「笑い事じゃねぇよ!」
怒りを露わにした秀一に庚が漸く顔を上げた。
「仲良くないのに、そこは怒るんだ」
「兄弟なんてこんなもんだよ!」
「可愛くないって言った」
「ンなもん言葉の綾だろ!?」
「じゃあ、可愛いんだ」
「可愛いよ! だからあんま苛めんな!」
肩で息をする秀一。
庚は本を置き立ち上がると大広間に足を踏み入れ、秀一からの鋭い視線を受けながらその足元に膝をついた。
畳の上に点々と散るシミに長い指を滑らせる。
何度も、
何度も、
何度も。
それがまるで、
愛おしい誰かそのものかの様に…
秀一は、実家に連れてくる度に庚が亮平に何をしているのか知っている。亮平の名を呼ぶべき所で、態と秀一の名を呼んでいることも。
そして、その後に亮平が泣いていることも…。
それは風呂であったり自室であったり、その時その時で場所は違っても、それでも泣いた目元は隠せていなかった。
「何で泣かせんだよ…」
秀一も、庚が持つ物と種類は違えど弟が可愛い。そんな弟が帰る度に泣いていては、胸が痛まない訳が無かった。
例え亮平がそんな庚を愛し、そして庚が、気が狂う程に亮平を愛していたとしても…。
それでも秀一が庚を止められないのは、全寮制の高校で、その身を庚に守って貰っているからだ。
今その手を放されたら、明日にでも秀一は誰かに襲われ犯されるのだろう。
秀一は自身の身を守ってくれるその手を、放す事が出来なかった。
知っているのに止められない悔しさに秀一が顔を歪め庚を見下ろした所で、台所から戻って来たミツに声を掛けられた。
「秀ちゃん、ご飯出来たから亮ちゃん起こして来て」
「あ…」
「俺が呼んできますよ」
「あら本当?お客様なのにごめんなさいねぇ」
「いいえ」
再び居間から出て行ったミツに続いて、立ち上がった庚が出て行こうとする。それを小さな声で秀一が呼び止めた。
「好きなら、もう止めてやれよ」
呟いた秀一に庚が笑う。
「だって、呼べば呼ぶほどあの子は秀一を嫌うでしょ?」
「庚っ!!」
「それに可愛いんだ。苦しそうに泣いて、それでも俺に縋る姿が堪らない」
秀一は思わず「最低だ」と呟いたが、それも庚にとっては褒め言葉にしかならなかった。
そのまま二階へと姿を消した庚。
連れて来られた亮平は、一体どんな顔をしているだろうか…
「秀ちゃん、ちょっと手伝って〜」
ミツの呼び声に返事を返し、固まっていた足を動かす。
今の秀一に出来る事は余りに少なかった。
だからせめて…
下りてきた亮平が泣き顔で無いことを、秀一はただひたすらに祈った。
END
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