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番外編:後

◇ 「秀一。俺、転校するから」 「…は?」  俺、朝ごはん要らないから。そんな軽さで言われた言葉に俺は耳を疑った。 「なに言ってんだよ…?」 「この間さ、セックスの最中に“秀一”って呼びまくってやったんだ。そしたら亮平、遂にキレちゃって」  心底可笑しいって顔でクスクス笑う庚。だが、その口から出る内容は一つも面白くない。 「この間って、先週末…?」 「そう」 「キレた、って…」 「『もうアンタには抱かれない、二度と顔見せんな』って言われちゃった」 「おまッ…何でそんなことしたんだよ!亮平のこと好きなんだろ!?」  何で好きな相手に、そんな酷い事を。  そう言いながら俺の胸の奥はズキズキと痛んだ。 「そりゃ、見送りに来ないはずだ…」  いつも嫌そうな顔をしながらも、俺たちが寮に帰るときは玄関先まで見送りに出てくる亮平。なのに先週末はその見送りが無かったのだ。  どうしたのだろうかと気になってはいたが、庚とそんなやり取りがあったのなら見送りが無くて当たり前だ。  漸く弟の行動に納得して呟いたが、それを嘲笑うかのように庚は言った。 「違うよ。来なかったんじゃなくて、来られなかったんだ」 「え…?」 「だってほら、俺から離れるなんて生意気なこと言うからさ。俺もついカッとなっちゃって」  隣で笑う庚に本能的に鳥肌が立つ。 「お前…亮平に何した」  声が震えていた。  聞かなくても分かるのに、思わずそれは口を突いて出てしまった。  そんな俺を知ってか、庚は俺の顔を覗き込み愛を囁くようにして呟く。 「“立ち上がれなくなる様なこと”、だよ」  あの日、庚は家を出るギリギリまで亮平を犯した。  喘ぎ声すら出ないように口に布を詰め、腕も足も拘束して、ただひたすら拷問の様な快楽を与え、それは亮平が意識を飛ばし闇に堕ちた後にも暫く続けられたのだ。  俺が帰る準備を整えている間にすべてを済ませた庚。そんな庚に綺麗に身なりを整えられた亮平は、祖母から見ればただ昼寝をしているように見えただろう。  何故俺は、そんな亮平の置かれた状況に気付けなかったのか。  いや…  本当はどこかで気付いてた。  昼過ぎから姿の見えなくなった庚と亮平が何をしているかなんてこと、俺が気付かない訳がなかった。  ただ俺は…あの誰をも虜にしてしまう出来過ぎた男が、そのくせ他の誰にも興味を持たないあの男が、弟を…亮平だけを愛でているなんて。亮平にだけ心を動かされているだなんて、そんな事実を見たくなかったのだ。 「俺がこうして離れてる間に、あの子は俺以外の他ごとを考えておかしな方向に走ってく。そんなの、許せないだろ?」 「まさか、お前…」 「ちょっと自由にさせすぎた。もうそろそろ真剣に捕まえておかないと」  庚は俺に笑顔を向けたけど、その目は俺なんて見てなかった。  暴漢から助けてくれた庚は言った。 『これからも襲われるかもしれないね』 『そんなっ!!』  下半身の引き攣れた痛みを思い出し体が震える。 『さっき、助ける代わりに見返りが欲しいって言ったよね』 『見返り…』 『そう、見返り。キミの弟を俺に紹介してよ』 『おと……え、亮平?』 『それと、これからも俺がキミを護ってあげてもいいよ』 『庚が…?』 『うん。俺の言うこと、何でも聞いてくれるなら…ね、』  俺はこの日、自身可愛さに弟を売った。  だって知らなかった。  庚が亮平に何をするのかなんて、亮平が庚にどんな気持ちを向けるかなんて。  まさか俺が、庚を好きになるだなんて…そんなこと、知らなかったから。  庚は亮平以外に興味が無い。  だから亮平を取り戻すためにこの学園を出て行くという。  亮平しか見ていない庚にとって、俺の存在なんて少しも頭にないんだろう。  庚が居なくなれば、俺はこの学園で襲われ犯される。それを庚が知らないはずは無いのに、彼は…何の躊躇いもなくこの学園を出て行くと言うのだ…。  目の前に絶望が落ちた。 「ふっ、何て顔してんの」  床に視線を落としたまま立ち直れない俺の頭を庚がかき混ぜる。 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、俺が居なくなっても襲われたりしないから」 「へ…?」 「だってアレ、俺が仕組んだことだし」  落としていた視線を上げれば、悪びれる様子もない庚の笑顔がそこにある。  その整った男前な顔はゆっくりと俺に近付いてきて、やがて、柔らかいものが俺のそれと重なった。  始めは軽く啄んで、やがて紅く艶めくモノが強くも弱くもない力で俺の唇を割り開く。そこを縫ってぬるりとした物が侵入して来れば、俺の思考回路は完全に蕩けきった。  熱くて  甘くて  気持ちが良い…  そうして漸くその場所を解放され、うっとりと見上げる俺に庚は言った。 「利用しすぎたお詫びに本当は抱いてあげたいんだけど…ふふ、俺、今亮平にしか勃たないんだ」  あぁ、なんて残酷な男だろうか。  ごめんね? なんて誠意の無い軽い言葉は…  俺を奈落の底に落とすには十分な重さを持っていた。 END

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