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「セリ。湊が困惑している。まずは紹介しろ」
「…そうですわね。かしこまりました、社長」
セリは、持ってきたプレートをベッド脇のサイドテーブルに置くと、片膝をつき、湊に向かって跪いた。
えっ…!?
ちょっ、なんで跪かれてるの?
龍司!何がどうなってるの!?俺、女の人にこんな事される理由はないよ…!と目で訴えながら隣にいる龍司の服を引っ張る。
跪かれた事なんてそうある事じゃない。あたふたしながら龍司に訴えかけると、湊の表情を読み取った龍司が、頭を撫でてきた。
「…そんな慌てなくても大丈夫だ。湊、紹介する。俺の配下の1人で、会社で医務業務を専門として任せているセリだ。この跪くという行為は、セリや他の配下が欠かさずにやっている事で、俺がやらなくてもいいと言っても止めないんだ」
ええ!
なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
俺、龍司みたいに立場のある人間じゃないのに…
「お気になさらないでくださいませ、湊様。――改めて紹介させていただきます。私、社長が務める会社で働いております。コードネームS01…セリと申します。医療業務全般を仕事としており、今回湊様を見させていただいておりました。私の事はセリ、とお呼びくださいませ」
「!!」
この人が、俺の事を見てくれたんだ…。
湊はお礼を言わなきゃと、跪くセリに向かって口をあけた。
「っぁ…っが…っま…す…!」
…やっぱり、上手く喋れない…。
懸命に絞り出した言葉は、もはや何を言ってるのか分からず、喉を手で覆うと困った様に龍司を見上げ、くいくいと服を引っ張った。
「ん?どうした、湊…?」
龍司!水、水飲みたい!!
喉を擦りながら飲み物を飲むジェスチャーをして必死で龍司に訴えれば、すぐに察した龍司がサイドテーブルに置いてあった吸い飲みを手に取った。
「さっきから喋らないと思ったら、喉が渇いて話せなかったんだな…」
「ほぼ丸1日飲み物を口にしていませんから、喉が渇ききって上手く話せなかったのでしょう。少し、今の湊様の状態を見てみましょう」
跪いたセリがゆっくりと立ち上がると、湊の枕もと近くにあるモニター用のキーボードへ手を伸ばし、カタカタとキーボードを叩き始める。
モニター画面に映し出されたのは、血圧・脈拍を現すグラフと体内水分量・ヘモグロビン値・脳波状態や体の細部まで全て把握されたグラフなど、湊の今の状態を示したものだった。
「湊、ほら…好きなだけ飲んでいいぞ?」
龍司が湊の背中を支えながら吸い飲みで水を飲ませつつ、漸く目覚めた湊を愛おし気に見つめる。
こくこく、と水が喉を通ればすぐに潤いは取り戻され、湊は首を横に振った。
もういらない。の合図を悟った龍司は、空になった吸い飲みを再びサイドテーブルに置いた。
「龍司…心配かけて、迷惑かけてごめんなさい…!」
水分で潤った喉は、漸く言葉を発する事ができた。湊は真っ先に龍司を見上げながら謝ると頭を下げた。
いつも見ている龍司と違い、疲労感が明らかに表れている龍司の表情に、謝らずにはいられなかったのだ。
「…。」
しかし、龍司は無言のまま何も話そうとはしない。
龍司は頭を下げる湊を切なげに見つめると、その華奢な体を再び抱きしめた。
「なんでお前が謝る?悪いのは出来損ないの人間を雇っていた俺の責任だ。…悪かった湊。大事なお前をこんな目に合わせてしまって…。」
「龍司…龍司が謝る事なんてないんだよ?」
抱きしめる龍司を落ち着かせようと、大丈夫だよと言うようにその大きくて広い背中に手を回し、優しく擦った。
龍司が悪い事なんて何もない。
そんなに謝らなくてもいいのに…。
俺が、風邪を引いてたのに、勝手に家を飛び出したのがそもそもの原因だ。
だって飛び出さずにはいられなかったんだ
だって、
だってそこにいたのは、10年間も待ち続けた父さんだったから。
そうだ、家を飛び出したのは父さんがいたからだ。
「…龍司、父さんが帰ってきたんだ…。」
「っ…!!」
静かに龍司に告げれば、ぴくりと反応したのが分かった。
絶対に何かある…。
龍司はいろんな事を知っている…そう思った。
「湊…その事で、お前に話さなければいけない事がある…。」
「社長!それはっ…!!」
キーボードを叩くのをやめたセリが、慌てたような表情で龍司に振り返った。
「心配するな…。例の事じゃない」
慌てるセリに返事をすると、龍司は湊から離れ、ベッド脇のオフィスチェアに座った。
龍司が座ると軋みをたて、重みを吸収するかのように椅子が上下する。
「話ってなに…?」
昔の事を話してくれる気になったのだろうかと、真剣な表情を浮かべる龍司を見つめ、発せられる言葉をじっと待つ。
「お前の父親、朋也の事だ。そして俺の昔の事も……少し、昔話をしよう…」
そういうと、龍司は背もたれにもたれ掛かりながら天井を見上げ、静かに口を開いた。
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