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「申し訳ございません、母上」 ゆっくりと立ち上がり、頭を下げる。 「いい?あなたは早く仕事を覚えて、久堂財閥を引っ張ってくれさえすればいいのよ。お金を稼いで有名財閥の令嬢と結婚し、会社を更に大きくさせる事だけを考えていればいいの。…私と洸太郎さんと百合亜の為にね。――本当だったら、頭も良くて心も綺麗で優しい百合亜に社長を任せたかったの…ッ!でも、久堂家の後継者は代々長男と決まっているわ。だから、仕方なくあなたに妥協してあげているだけなのよ!」 「…はい。分かっています」 会うたびに何度も、何度も悪態(あくたい)をついてくる亜矢子の言葉に反吐(へど)が出る。 龍司は無表情を張り付けて相槌(あいづち)を返した。 「…あなたみたいな泥棒猫の愛人から出来た子供なんて、汚らわしい以外のなにものでもないわ!!あなたなど、生まれなければよかったのよッ!!」 心底怒りを露わにした亜矢子が龍司に叫ぶと、ダイニングの扉を開け中に消えていく。 亜矢子の後姿を見ながら龍司は目の前で閉まる扉を、ただただ見ている事しかできなかった。 ―その表情に憎しみを宿しながら。 「龍司?入っていいかな?」 控えめなノック音が聞こえ、龍司は自室のソファで読んでいた小説から扉に視線を向けた。 「…どうぞ」 テーブルに置いてあったしおりを挟むと、部屋に入ってきた百合亜に視線を向けた。 母親譲りの綺麗なナチュラルブラウンの髪は、胸元まで伸ばされておりふんわりと緩くパーマがかかっていて、すらりとしたモデルの様な体型の百合亜は、部屋に入ると同時に龍司に詰め寄ってきた。 「龍司!あなた、またお母様になにか言われていたでしょう?」 「……は?」 龍司とは違いたくさんの愛情を両親から注がれた百合亜は、紛れもない洸太郎と亜矢子の実の子供だった。 だが、百合亜には両親が持っていない“優しさ“を持ち合わせていた姉だった。 なぜ産まれてきた。 お前などいらない子供。 罵声(ばせい)を浴びせてくる亜矢子から、唯一守って亜矢子に反抗してくれたのが百合亜だった。 父親も母親も、実子である百合亜だけは可愛くて仕方がないようだ。 百合亜は、居場所のない龍司に唯一居場所を作ってくれていた。 元々優しい性格だった百合亜は、昔から両親に変わって龍司の面倒を見てくれており、両親に心無い暴言を浴びさせられれば、心配をしてこうして部屋まで来てくれる。 百合亜には、頭が上がらないだけではなく、龍司が唯一家族だと思える人だった。 百合亜姉さんだけは幸せになってほしい… こんな薄汚れた家系など捨てて、自分が本当に愛す事が出来る人間と幸せになってほしい。 そう思わずにはいられなかった。

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