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「龍司…!黙っていて本当にごめんね!…言おう言おうって何回も思っていたんだけど、龍司最近忙しそうだったし、なかなか言えなくて…」
朋也と初めて会った日の夜、百合亜は龍司の部屋に来るや否やすぐに謝ってきた。
実の姉に頭を下げられているのも嫌だったし…と、龍司は向かい側のソファに座らせる。
「…別にもういいよ。俺も最近忙しかったし」
「…でも本当は、一番最初に龍司に言いたかったの…。でも、私も引越しの手続きとかでバタバタしちゃってたから中々言えなくて、本当にごめんね…?」
ソファに座ってもなお謝罪を繰り返す百合亜に溜息をつくと、テーブルに置いてあった読みかけの小説を手に取った。
「…だからもういいって。…ていうか引越しって…?ねえさん引越しするの?」
手元の手が小説のページを捲ろうとして止まる。
さすがにそれは言ってくれてもいいんじゃないかと思いつつ、目の前の百合亜をじっと見つめる。
「…うん。本当はね?私は久堂の家で朋也と暮らしたかったの。龍司の事も心配だし。…でもそれは無理だってずっと反対されていて…。子供の為にも絶対に別で暮らしたいって朋也が許してくれなくて…」
「…は?こ、ども…?」
あまりの驚きで手元の小説が、がたんと床に滑り落ちた。
まさか
あの男と、ねえさんの…?
「あっ…うん。これも言おうと思っていたんだけどね…私、赤ちゃんができたの。朋也と私の…」
愛おし気に瞳を伏せた百合亜が、細くてしなやかな手を静かにお腹へと添える。
左手の薬指に嵌められたエンゲージリングがきらりと光った。
心から嬉しそうな笑みを浮かべた百合亜が、まだはっきりと膨らんではいないお腹を優しく撫でれば、その聖母の様な雰囲気に目が離せなくなってしまう。
その百合亜の姿を見ると、本当にお腹にはもう一つの命があるんだと実感させられてしまい、龍司は手が添えられた百合亜のお腹へと視線を移した。
「だからね、龍司…このお腹の子を――愛してあげて」
なぜ、百合亜がこんな事を言ったのか、その言葉の意味も理由もこの時の龍司にはまだ分からなかった。
それから1週間後、百合亜は迎えにきた朋也と共に家を出ていった。
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