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第1話 3Pエッチ!1

「ソラ、すまんなぁ……堪忍や。若ぇお前を置いていくことを許してくんなァ」       枕元に座る医者、たくさんの子分たちが居間に押し寄せてすすり泣いていた。  鈴山組・組長 誠二郎の最期は、極道を歩むものにしては幸福と言えるものだった。 「おとうちゃぁん……っ 嘘や、一人にせんといてぇ……っ! おとうちゃぁん!!」  ずっと握っていた父の手が滑り落ちて、ソラはとうとう唯一の肉親を失った。静かに息を引き取った父はあまりに安らかに眠りについて、揺すっていれば起きてくれるような気がした。  けれどどれだけ揺すっても泣き叫んでも父は眼を開けてくれなかった。  抜けるような青い空が眩しい冬の日のことだった。 * 「若ぁ~~~! 若ぁ起きて下さい朝ですよ~~~!!」  カンカンカンカンと金属を打ち鳴らす音が五月蠅くて、ソラの意識は浮上した。眠りの境地から這い出るまでには低血圧という最大の敵と戦わなければならないというのに、そんなことはお構いなしに階下にいる者は起こそうとする。きっと階段の下で料理器具でも打ち付けながら呼びかけているのだ。そうなるとここでうだうだと呻っていても騒音は消えない。消えないけれど、起き上がる気力はないので頭から布団を被ってみた。 「若ぁ~!! 毎朝毎朝寝坊ばっかしたらアカンですよ! 早ぉ支度せんと学校に遅刻しまっせ~~~!!」  ガンガンガンガンガンと音は余計にうるさくなった。  もう布団一枚では何の防音もできない。眠いから寝ているのに迷惑極まりない。うるさい。とにかく頭が割れそうにうるさい! 毎朝のことながらソラが低血圧だと解っていてどうしてこうも無理くり起こそうとするんだ! ちょっとひどい! 「んぅ~~~、うるさいねん……っまだ眠いー……」  迷惑すぎる起こし方に悪態をついていると、今度は布団の上から何かがのし掛かってきた。  「んげ」と布団に圧されてカエルみたいな声を漏らし、あまりの重さに身体を捩る。動いているうちにこれは人間だと気付いた。布団から顔を出して確認すると、そこには見慣れた男の輪郭があった。 「おはようさんどす、若。いやぁ毎朝たまりませんなぁ? こないな起こされ方されはって」  徐々に男の顔がはっきり見えてくる。  絹糸の様な黒髪に、伏せがちの瞼、端整な顔立ちでゆるゆると微笑んでいる浴衣の男。ベットに頬杖をついてソラの横に転がっていたのは、雪路だった。 「雪路ぃ……あのカンカンがめっちゃ五月蠅いねん……どうにかしたってぇ」  もぞもぞと芋虫みたいに這い寄ると、大きな手のひらが撫でてくれた。固くて気持ちいい。 「せやなぁ、今すぐ下に行って、あのカンカン鳴らしてるアホタレを、止めてきたいんは山々やけど、若が可愛いて無理ですわ~」  くすくす笑う雪路の唇が耳元に当たってくすぐったい。首を揺らして抵抗を試みたものの、逃げてもしつこい雪路に構うよりは二度寝の手引きに身をまかしつつあった。  あったかくて心地よくて、うとうとが始まる最高に気持ちの良い微睡み。雪路は睡魔の化身なのかもしれない。彼に撫でられると夢の中に転がり落ちていく。  (このまま眠りついて、昼くらいまで寝とこうかなぁ・・・・・) 夢の入り口はすぐそこなのだ。耳を澄ませば遠くから夢の足音だって聞こえてくる。  ドスドス・・・・・・ドスドスと・・・・・・  ドスドス?   「若ぁあああああああ!! もう飯食うとる時間がのうなってしまいますがn……っって何しとんじゃ雪路ィィィ!!!!???」  スパーン! と襖が開く音と共にとんでもなくでかい声が響いた。  シン・○ジラの破壊光線みたいな勢いにソラの微睡みを吹っ飛ばされ、ついでに鼓膜までぶち抜かん大声にソラと雪路は飛び上がってしまった。 「やかましおす! どんだけ腹から声出してんねん! 毎朝毎朝ようも飽きんとフライパン鳴らしよってからに! そない五月蠅いんや若が可哀想やろが!?」  とんでもなく耳がキーンと鳴る中、雪路が咆哮の主に怒りだした。吹き飛んだ眠気と鼓膜への一撃で頭がくわんくわんして、まだ何がどうなったのか把握できない。  とにかく目だけはしっかり覚めたので頭を起こすと、部屋に入ってきたのはフライパンとお玉を手にした夏彦だった。襖を開けたところで仁王立ちしているその大柄の体躯にはエプロンをつけていて、朝の支度途中だったとことがわかる。 「無理やりにでも起こさんと若は起きんやろが!! 学校に遅刻せんように起こすんは若とワシの男の約束じゃ!! すっこんどれやこのインテリハゲ!!!」  まだ破壊光線のエネルギーが残っているのか、夏彦の声はいちいちでかい。けれど不意打ちでなければ雪路が怯むこともないようで、青筋をひくつかせながら噛みついていた。 「誰がインテリハゲや! おまえはエプロンつける前にカレンダーで土曜日何個あるんか数えてみぃこのアホ! 今日は学校やないやろが! いい加減覚えぇこの脳筋!!!」  「なんやとゴら……え? せやっけ??」  途端、気を削がれた夏彦は、壁掛けのカレンダーを穴が開くほど眺め始めた。  筋肉隆々な身体にひらひらのステテコとタンクトップ。こんな男に睨み付けられたらヤクザも腰を抜かしそうだが、水玉模様のエプロンがいい具合に凶悪さを削いでいる。  くしゃりと柔らかな短髪に雄気の強い顔立ち、黙っていれば男前なのに指で一つ一つ曜日を数えている姿が、猛烈に笑いを誘っていた。 「あああああほんまやぁ!! 今日、土曜日やないですか! 若ぁすんません! 寝てるところ起こしてもうて!」 「曜日確認するんになんぼほど時間かけんねん」  雪路の悪態などまるで聞こえていないかのように、夏彦はすぐにソラの傍にしゃがみ込んだ。ソラは身体を起こしてベットの上であぐらを掻いて夏彦を見下ろした。夏彦の顔を見下ろすのはとても新鮮に思えた。何しろ夏彦はソラの頭二つ分くらいデカイ。ちなみに雪路は頭一個分、三人で並ぶと階段みたいになる。 「俺、まだ寝といてええの?」  すっかり眠気が吹き飛んだものの、ぐうたらしていいなら、ぐうたらしたい。 「寝といて貰ってええですよ! 勿論です! 起こしてすんません! 朝飯の支度済んでまっから、いつでも好きな時に降りてきてください!!」  朝飯! その言葉でソラの腹の虫が反応した。 「朝飯できてるんやったらもう起きるよ! 作りたてが一番美味しいやろ? もう眠気も覚めてもうたし!」 「ほんまですか若~~! せやったら朝飯にしましょ! 昨日の煮物に味しゅんでて旨なってますよ!」  味を吸った煮物と言われただけで腹の虫がぐうと鳴る。嬉しそうな夏彦の笑顔にも後押しされて、ソラはベットから降りた。 「若が食べはるんやったら、俺も付き合おかなぁ。昼には税理の先生来はるし」  ソラに続いて雪路もベットから腰を上げた。三人揃って一階のダイニングに降りていくいつも通りの朝。  相変わらずになった騒がしい日常は楽しくて、今日も空は晴れている。父を無くしてから二度目の夏を迎えようとしていた。

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