1 / 6

第1話

「店長ーこっち片付け終わったんで、 オレ先帰りますねぇー。」 間延びした深夜バイトの子が、 階下から声を掛けてくる。 震える唇を噛み締め、なんとか返事をする。 「ぁあ、お疲れ高崎君!こっちはいいから一応、鍵掛けて出てくれ。」 なるべく、 平常時と同じ様に気を付けたつもりだ。 「はぁーい、お疲れ様でしたぁー。」 やがて、ガシャンと重たく騒騒しい扉が閉まる音がした。 流石に鍵を掛ける音は確認出来なかったが、 そう言う部分だけはしっかりしている子だ。 何時もなら先に作業が終わっても手伝いに来てくれるののだが、 今日は何か用事でもあるのだろうか。 だが、もしそれなら、 一刻も早く時間外労働は切り上げるべきだ。 「"高崎君"、帰りましたかね?」 後ろで熱い息を吐く男が言う。 「気になるなら、お前が見に行け。」 「嫌だ。俺は今すぐあんたを抱きたい。」 腰を強く抱き寄せられ、 尻の間にゴリっとした硬いものが当たる。 それから、安いスラックスの前を柔らかく揉みしだかれ、更に明親の熱は高められていく。 「あんただって、もうガチガチじゃん。」 ここが、田舎のビデオショップ屋で勤め先では無く、家やホテルだったら素直に抱かれていたかも知れない。 「ここは僕の職場で、 僕はこの店を任されてる身だ。」 「だから?」 「ここじゃなきゃ何処でもい、ぃっ。 僕を抱きたいなら、他所へ連れて行ってくれ。」 ふーん、と男はつまらなそうに言う。 すると、まるで良いことを思い立った様にハッとしてみせた。 「あんたが俺の名前を思い出せたらいいよ。 あんた今、俺の事完璧に忘れてるだろ。 でも、思い出せなかったら俺の勝ちね。 あんたは、ここで大人しく俺に抱かれる。ok?」 「ヒントは、くれないのか。」 全くもって、酷い提案だとは思うが、 正直、そう言う事にご無沙汰な身体は疼いて仕方が無い程、この状況に期待している。 田舎に転勤してきたばかりの男を抱いてくれる奴は中々見つからない。 そういうサイトや、コミュニティも 狭い地域で使うと危険だ。 まさか一度きりの相手だと思っていたら、 翌日そいつが、店でトランスポーターを借りていくのに鉢合わせた事もあった。 制服を着て、首から名札をぶら下げていれば せっかくの匿名性も、全く意味を持たない。 それからは、余程人肌が恋しくない限り そういうものを利用するのは避けてきた。 だから、首筋にかかる発情した男の熱い息も 尻をスラックスの上から擦る熱い肉棒も、 本当は手が出るほど欲しい。 できれば、職場ではなくもっと安全な場所で。 「キスしてくれたら良いよ。ヒントあげる。」 「ん...っ、んふ...ぅ。」 後ろから唇を寄せてきた男に、 こちらからキスを仕掛ける。 ねっとりとした、腰にクる甘い奴を。 舌を吸い、熱烈に絡み合せ擦り付ける。 「は...っ、流石明親さん。 俺好みのエロいキスだね。」 「ぇ、なに」 「ビックリした? これがヒントだよ...アキチカさん。」 あまりの衝撃に、つい唇を離してしまった。 だが、いやらしい銀糸は二人の間を結んだままだ。 三浦 明親 (31) 出会い系や、初対面の男に誘われた時 通常、明親が使うのは本名では無い。 1文字取って、明成と名乗ってきた筈だったし、 職場でカミングアウトをした人物も思い当たらない。 この男は、閉店間際の店に来て 他の客が居なくなった頃、レジを片付け始めた明親の前を立ち塞ぎ 突然"あんたが抱きたい"と言ってきたのだ。 この残暑厳しい夏で、 とうとう頭が沸いた男が現れたものだと 妙に冷静な頭で思った。 -お前が、僕を抱けるとは到底思えないぞ。 童顔に見られるが、 これでもそれなりに歳を食ってるんでね。 それにここには、防犯カメラもあって 幸いな事に警察もすぐ近くにある。 犯罪なら、警察署でやってくれ。- -何時までだって待つよ。 俺はあんたに会いたかったんだ。 会って、抱きしめて... あんたを俺のものにしたい。 無理でも最悪、あんたを抱いた後なら警察でも、近くの橋の上から飛ぶのだってやっても良い。- -だから、抱かせろ-と、自分より片手の数も若そうな男が言うのだ。 だが、明親に眼前の男の様な知り合いは 全く記憶にない。 もし、これが相手の勘違いで、先走った事をしているとしても それだけ想われる奴と言うのは、幸せなのだろうなと思った。 今なら、その想い人に成り代わって 愛される事が出来る。 そんな甘い姑息な匂いが、明親の枯渇した胸をくすぐらせた。 -防犯カメラは、もう切ってある。 黙って待っていれば、後で付き合ってやる。- そう言ったのが、15分前。 閉店してバイトの高崎君と、手分けしてレジ締め作業をしていたのが5分前。 ? いつも通り手順を終え、 直ぐ側で黙って待っている男に 高崎が帰るまで二階で待とうと言ったのがついさっき。 それから、暇を持て余した男が 突然、明親や下肢を相撫してきたのだ。 その男は、明親を本名で呼んだ。 だが、やはり黒髪長身のナメた態度をとる可愛い男に知り合いは居ない。 正直、明親の好みが歩いている様な男だった。 年下の弟系男子がタイプなのだ。 一見して可愛い弟が、息を殺し雄になる瞬間が、堪らなく明親の胸を締め付けるのだ。 "キスも、好きだ。" 優しく絡ませ合い、時折激しさを窺わせる様に舌をキツく吸われる。 腰からゾクゾクと快感が駆け上がり、 飢えた身体はもっとと、強請るように舌を突き出していた。

ともだちにシェアしよう!